幸運
「……っ」
張り詰めていた空気が一気に緩み、実鈴はその場に座り込んだ。
「実鈴」
慌てたXが実鈴の側に膝をつき、倒れそうになった実鈴の体を支える。
「……ありがとう。一人で……頑張ってくれて」
実鈴はゆるゆると首を振った。
「貴方……もし、正体が……」
「……その時はその時だよ」
その声は少し震えていた。
「実鈴!」
「実鈴ちゃん!」
と、クラスメート達と永佑が駆け寄ってきた。
「すまない佐東! 俺が、俺の考えが甘かったからこんなことに……!」
Xは、謝る永佑に実鈴を預けて立ち上がった。
「……保健室に連れてってください。あと、警察にも連絡して、屋上には絶対に入らないでください」
声色を変えてそう言い、走り去って行った。
「……なんで、怪盗Xがここに来るんだよ」
翼が顔をしかめる。
「いや、それよりも伊月だろ。なんであいつ、銃なんか持ってんだよ」
「元兄ってなんだよ!?」
「空き教室って言ってたけど、他にもあの男みたいな人がいるってこと?」
「なんなの? どうなってるの!?」
「怖い……」
「訳わかんねえよ!」
クラスメートがパニックに陥っていく。
(まずい、早く落ち着かせないと……!)
「皆――」
「……待って……」
永佑の言葉を遮り、実鈴が口を開いた。弱々しい声なのに、それだけでクラスメート達が静かになる。
「……後で全部説明するから、一旦落ち着いて……」
実鈴は机の足をつかみ、立ち上がった。
「おい佐東! そんなボロボロなのに何を……!?」
「私は……行かなきゃいけないんです。ケリをつけなきゃいけない」
「待てよ!」
永佑は実鈴の前に立ちはだかった。
「そこまでやる必要があるのか!? 何を言ってるのかわからなかったけど、俺は……! これ以上、実鈴が傷つくのは嫌なんだ……!」
こんなことになったのは、自分のせいだ。メールの内容を信じていれば、警察に連絡していれば、実鈴は傷つかなかったかもしれない。そんな後悔ばかり頭に浮かぶ。
「……やる必要があるんです。詳細は省きますが、あの人達は裏社会の人間です。人を普通に殺すような、非道な組織の一員なんです。被害が出る前に、止めなきゃいけない」
実鈴の目には、決意の色が浮かんでいた。
(……これもう、ダメだな)
これ以上何か言っても、実鈴は動くだろう。佐東実鈴は、そういう子だ。いつだって、探偵としての使命を貫こうとしている。
「……わかった。なら、俺も行く」
「!?」
実鈴は驚いて目を見開いた。
「そんなのダメです! さっき言いましたよね!? 彼らは人を普通に殺すって! もし先生が……!」
「それでもいいよ」
永佑は優しい笑みを浮かべて言った。
「生徒を守る。それが教師の役目だろ。それが出来なくて、何が教師だ」
「だったら、俺も行く」
ずっと黙っていた竜一が口を開いた。
「何か出来るかって言われたら、何も出来ないけどさ……どうしても、大田が気になるんだよ。なんか、苦しそうに見えたから」
「でも……」
実鈴が躊躇する。
「だって僕達、友達だろ」
翼が一歩前に出た。
「友達なら、手を差し伸べるのが当然だろ」
一同が頷く。
皆、死ぬ気なんてない。ただ、伊月が心配だから、実鈴を一人で行かせられないから。それだけで、危険な場所に飛び込もうとしている。
『お人好し』
何度かベクルックスに言われた言葉が脳裏をよぎる。今までちゃんと捉えていなかったが、今なら、わかる。
(本当に……皆お人好しね)
ここまでの仲間に出会えたのは、幸運だった。そして、星の丘に移住したのは大空と会ったからだ。裏切られたとはいえ、悪いことばかりではなかった、そう思える。
「……わかったわ。ただし、絶対に勝手な行動はしないで」
「うん」
実鈴はそっと微笑んだ。




