普段の朝
「相賀ー? 学校行く時間だよー?」
桜の花びらが舞い散る四月。新品のセーラー服に身を包み、一軒家のドアを叩く女子がいた。彼女の名は石橋瑠奈。この春に星の丘中学校に進学した中学一年生だ。肩より少し長いストレートヘアに華奢な体付きをしている。
瑠奈が呼んでいるのは木戸相賀。瑠奈と同級生で、三年ほど前に石橋家の隣に引っ越してきた。この家で一人暮らしをしているが、理由はおいおい話すとしよう。
「朝っぱらからうるせえよ……」
ズボンとシャツを着た相賀が、トーストをくわえて顔を出す。髪はハネ放題で、つい今しがた起きたばかりのようだ。
「だって、チャイム鳴らしても反応無いんだもん。早くしなよ。もう出発しないと間に合わないよ?」
「後五分で終わるから待ってろ!」
言い終わると同時に、相賀がバタンとドアを閉める。
「全く……」
残された瑠奈がため息をつく。引っ越してきたばかりの頃の相賀はもう少し可愛気があった気がする。一人暮らしの相賀を気づかって母親が作ったおかずを持っていったり、クラスメート達と街を案内したり。しかし、最近は口調も乱暴になってきて、瑠奈への当たりも強くなってきた。
「男なんて三年もすれば変わるのかな……」
「何ブツブツ言ってんだよ?」
驚いて前を見ると、いつの間にか学ランを着た相賀がバッグを持って立っていた。寝癖は一応直したらしいが、元々くせっ毛のため、あまり変わった印象は受けない。
「ううん、なんでもない」
相賀が家の戸締まりをするのを見届けると、先立って歩き出す。
「と言うか瑠奈。何ちゃっかり迎えに来てんだよ?」
「え? だめだった?」
「もう中一だぜ? 一人で行けるだろ」
「別にいいじゃん。家隣なんだし」
「ただのお節介だ」
そう言い放った相賀は早足で瑠奈を抜かしていった。
「ちょっ、待ってよ!」
瑠奈は慌てて相賀を追いかけた。
二人で並んで教室に入った途端、誰かが口笛を吹いた。クラスメートの黒野慧悟と相楽竜一がニヤニヤして二人を見ている。
「よう相賀! 新学期早々、夫婦で登校か?」
「ラブラブで羨ましいかぎりだな」
「ちげぇよ」
いつものように冷やかすクラスメートを慣れた様子で流し、席につく。その後もクラスメートが続々と登校してきて、やがて始業のチャイムがなった。
昼休み。本を読んでいた瑠奈のもとに相賀がやって来た。
「瑠奈、今日の放課後、うちに来てくれ」
「え、なんで?」
「話したいことがあるんだ。とにかく、必ず来てくれ」
短く言った相賀は親友の林拓真、渡部海音のもとに戻っていった。
「……?」
今まで、相賀が理由もなく要件だけを言うことはなかったはずだ。それなのに突然、要件だけを言ってさっさといなくなった。急にどうしたのか。瑠奈が首を傾げていると、
「瑠奈ー!」
元気のいい声とともに瑠奈の体に重さがかかった。親友の中江詩乃が瑠奈に飛びついてきたのだ。
「うわっ……、ちょっと、詩乃……」
「相賀君と何話してたの?」
ツインテールの髪を揺らしながら屈託なく笑う詩乃に、瑠奈は怒る気にもなれなかった。
「もう……放課後にうちに来てくれって言われたの」
「え!? まさかお家デート!?」
詩乃が大声で聞くと、教室中がシンとなった。クラスメートの全視線が瑠奈に注がれる。真っ赤になった瑠奈は机に突っ伏した。
「大声で言わないで……」
「あ、ゴメン……」
詩乃は申し訳無さそうにペロッと舌を出した。机に突っ伏す瑠奈の髪を、暖かい風が撫でていった。