嘘
「撤退してやる。だがな、これで終わりだとは思わないことだな。我々は、諦めたわけじゃない」
電話を切ったベクルックスは捨て台詞を吐き、去っていった。
「おい実鈴!!」
呆然としていた実鈴はAの叫びに我に返った。
「何があったんだ!?」
「……大田君達が撤退したわ。ねえ、この扉のパスワード、わかる?」
「あ、ああ」
実鈴がAに教えてもらいながらキーパッドにパスワードを打ち込むと、扉が開ききるやいなや、紬が飛び出してきた。
「お姉ちゃん!!」
「わっ……」
自分の足に飛びついてきた紬を、ひっくり返りそうになりながら抱きとめる。
「お姉ちゃん……!!」
「紬……」
紬はそのまま泣き出してしまった。
「全く……」
声がして顔を上げると、AとXが立っていた。
「無茶しやがって……」
Aが苦笑しながら言う。が、右上腕部のケガを押さえる左手に力がこもっているのを、実鈴は見逃さなかった。ジャケットも、さっき見たときより血に染まっている。
「無茶は皆よ。……ありがとう、助けに来てくれて」
実鈴が言うと、AとXはフッと微笑んだ。
「……あとは、R達の安全を確認して――」
「皆!」
Xの声を遮るように明るい声が響いた。振り返ると、Uに肩を貸しているRとTが立っていた。
「R! 無事か!?」
「大丈夫!」
Aが叫ぶとRは微笑んだ。Rに支えられているUも弱々しくではあったが笑っている。
「……よかった……」
三人の無事な姿を見たXは肩の荷が下りたように微笑んだ。しかし、すぐに暗い表情になった。
と、通信機からノイズが聞こえた。
『……皆!』
「K!」
『無事!?』
K、Yの声が聞こえてきた。
「私達は大丈夫!」
『よかった……』
Rが答えると、通信機越しでもKとYの空気が緩んだのが伝わってきた。
「……ってことは、デネブも撤退したんだな」
Xが独り言のように言った。
「……全員、揃ったな」
Aが静かに息を吐いた。
「帰ろう」
全員が、笑顔で頷いた。
「……」
家に帰った実鈴は、リビングのテーブルについていた。その手には、冷めてしまった紅茶の入ったマグカップが握られている。
『実鈴』
自分を呼ぶ温かい声と、眼差し。あれは、全部嘘だったのか。
両親の葬式で、涙が止まらなかった自分を抱きしめてくれたあの温もりが蘇る。
(でも……)
だが、確かに、おかしいところもあった。
両親が生きていたときの記憶も断片的に覚えているが、そこには大空の姿はない。リビングの窓辺に飾られている家族写真にも、大空は映っていない。
(……ずっと、弄ばれてたんだ……)
実鈴はマグカップを押しやり、テーブルに突っ伏した。
写真立てが置かれている窓から朝日が射し込んできた。
「がはっ!」
蹴り飛ばされたフォーマルハウトは床を転がった。
「……やってくれたな、フォーマルハウト」
組織のボス――佳月が冷たい目でフォーマルハウトを見据える。
「木戸相賀には手を出すなと言っている。わかっていたよな?」
「ええ。しかし……木戸相賀が突然飛び込んできたので……」
「言い訳はいい」
佳月は拳銃をスーツの内ポケットから取り出し、銃口をフォーマルハウトに向けた。
「っ……」
「……」
部屋のドアの側にはベクルックスが立っていた。腕を組んで壁に寄りかかり、静かにフォーマルハウトを見ている。
「……まあ、大したケガではなかったことに感謝するんだな」
佳月は言い終わると同時に引き金を引いた。弾はフォーマルハウトの右肩を掠め、カーペットが敷かれた床に着弾した。
「ぐあっ……!」
「下がれ」
吐き捨てた佳月は革張りの椅子に座り、くるりと背後のガラス張りの壁に顔を向けた。
「……失礼します」
「……っ」
ベクルックスに続き、右肩を押さえたフォーマルハウトが部屋を出ていく。
佳月は白み始めた空を眺め、
「……潮時か」
静かに呟いた。
「くそっ、痛え……」
ベクルックスに撃ち抜かれたケガも相まって、右腕には激痛が走っている。肩から流れた血が指先から垂れていた。
会議室に入ったフォーマルハウトは椅子に腰を下ろした。
「……ベクルックス。なぜ殺さなかった」
「……」
会議室のドアの側の壁に寄りかかっていたベクルックスはピクリと眉を動かした。
「なぜあのとき、腕を撃ち抜くだけで済ませたんだ。お前なら、ボスの許可を得ずに俺を殺すこともできただろう」
――そうだ。だが、頭は撃てなかった。
「……ボスの指示を仰ごうと思っただけだ」
「お前が?」
フォーマルハウトは鼻で笑った。
「ほんとにお前、最近どうした? 何があったんだよ」
「……さあな」
ベクルックスは冷たく言うと会議室を出ていった。
フォーマルハウトは長椅子に横たわり、左腕を額に乗せた。
「おい相賀、次体育だぞ!」
「ああ!」
教室。慧悟に声をかけられた相賀は右腕の痛みに顔をしかめながら教室を出た。
廊下には、翔太が立っていた。さり気なく左上腕部を押さえている。
「……お前、そんなんでバスケできるのかよ? 右手も挟んだんだろ」
「それを言うなら木戸君もだろ。利き腕だし」
言い返した翔太はフッと笑って歩き出した。
「……まあ、無事で何よりだよ」
「お前もな」
「何喋ってんだよ! チャイムなるぞ!」
「ああ、今行く!」
二人は慧悟に走り寄った。
しかし、翔太の表情がフッと陰ったのを、相賀は知らなかった。




