97 「絶望」
どうしてもキリのいいところまで書こうと思ったら、長くなってしまいました。
ヴォルフラムが弟であるルークを精神的に追い詰める中、後方ではその様子をニヤニヤとした顔で嘲笑っているゾフィとジェヴォーダン。
生徒達を相手にお遊び半分で軽くあしらいながら、勝手にライバル視をしているレイス先生の様子を気にしているジン。そういった状態に追い込んだ張本人、ヴォルフラムに対して不満そうな顔をしている。
「俺の……、生徒に何してる……」
レイス先生……っ!
サラのおかげで怪我は治っても、左目は見えないまま。
先生はウィルの手を借りながら立ち上がって、上空で嘲るヴォルフラムを睨みつけた。
恐らく右目だけでスキル『スキル無効化』を使っているんだろう。
ヴォルフラムがどういった技術で滞空し続けているのか知らないけど、先生のスキルなんて怖くないとでも言うように余裕ぶった顔でこちらを見る。
「無効化のスキルが無けりゃただの人間。そんな男の何がいい? なぁ、E様。もうそんな奴のことは忘れて、こっちへ来いよ。あんたの居場所はここ、俺の腕の中だ」
両手を広げて迎え入れる準備が出来ている、とでも言いたげな仕草でヴォルフラムが挑発する。私はレスタトの塔でも、Eの記憶の中でも見てきた。
ヴォルフラムは私じゃなく、この肉体の本当の持ち主であるE……イビルに話しかけている。
レオンハルトが私じゃなく、魔王の魂と混ざり合ったというリンに話しかけているように。
私って一体何なんだろう。
魔王だって言われても、何のことかさっぱりわからないし。
ヴォルフラム、あんたは聖女として覚醒するかもしれないサラを暗殺しに来たの?
それともEを迎えに来たの?
たったそれだけの為に、みんなを……先生を傷付けたの?
「モブディラン、耳を貸すな。あいつは俺が片付けるから……、安全な場所で待っているんだ」
私を真っ直ぐに見つめて、そう言葉をかけてくれる先生。
まぶたを閉じた左目が痛々しい。
「レイス先生っ! 安静にしていてください! 怪我を治したって言っても、私は先生の目を治せていないんです! これ以上傷付かないでください、お願いっ!」
サラが悲痛な声を上げて、先生を引き留めようとしていた。
そうだ、それでいい。これ以上先生を危ない目に遭わせる必要なんてないんだ。
だけど先生は腰ベルトに装備していた細身剣を抜いて、構える。先生の戦法は、自らのスキルで相手のスキルを無効化した上での物理攻撃。先生は魔法を使えない。
だから上空に浮かんでいるヴォルフラムに対抗するには、せいぜい投げナイフで応戦するしか攻撃手段がない。
先生が戦闘態勢に入ろうとして、ウィルが盾になるよう前に出る。
駆けつけたエドガーがその後ろに立って、いつでも魔法を放てるように構えていた。
「お前達……っ、どきなさい」
「どきません! 僕は仲間の盾になる道を選びました! 誰も傷付けない戦い方をする為に、この学園に入学したんです! 守らせてください、先生!」
「俺は足手まといになるのは、もううんざりなんだ! 相手が誰であろうと、助けてもらった恩は忘れねぇ! レッドグレイヴ家は、恩を仇で返すような教えは受けてねぇんだよ! 自分の落ち度は自分で拭う!」
「私は、先生にもう一度会う為に……。助けてもらったお礼を言う為に……。誰かを助ける為に、ここに来たんです! 私の力は、誰かを守る為にあるんだって思いたいから! だから先生に、これ以上傷付いてほしくない!」
みんな、強い意志のある眼差しだった。
自分の目標を、目的を、目指すところを見つけている。
私は? 私は何の為に……。
「みんな、良く言ったわ!」
「待たせたな、騎士の卵達っ!」
先生達のテントがあった方向から、二人の男女の声が響き渡った。
ジンが立ちはだかっていた方向からライラ先生と、ソレイユ先生が姿を現す。
「ソレイユ、ライラ先輩。無事だったか……」
先生が珍しく安堵の表情を見せた。無理もない。ソレイユ先生は学園時代からの同期で、親友だ。そしてライラ先生もまた、学園時代からの先輩後輩の間柄。
二人ともレイス先生にとって、とても大切な教師仲間であり、ここで唯一頼れる大人だ。
元々私達はこの二人を、特にライラ先生を呼びに行く為に向かっていた。ここに来て本人が現れてくれたのは、とても幸運だった。
「あら、あの時の大きな猫ちゃんじゃないの! また私の膝の上でねんねしたいのかしら?」
「……魅了持ち、お前には俺のプライドをズタズタにされたお礼があったな」
因縁の相手、と言うべきか。ジェヴォーダンは過去に2回ほどライラ先生のスキル『魅了』がバッチリ効いて、戦闘不能になったことがある。その度に何の役にも立たなかったジェヴォーダンは、サキュバスの大きなペットだと揶揄されたという屈辱がある。
でも四天王の内、一人でも数を減らすことが出来ればありがたいことだ。
ライラ先生もそれは承知していたのか、真っ直ぐにジェヴォーダンの元へと向かう。彼女の武器はムチだ。お色気満載の女教師がそんなものを振り回していたら、なんだかそういうプレイなんじゃないかと思ってしまう。
そう見えても仕方ないくらい、ライラ先生は大人の女性としての魅力が溢れんばかりだった。
「さぁ、私のかぐわしい香りをたっぷり嗅いで、良い夢見なさい!」
そう豪語して、ライラ先生がジェヴォーダンの鼻先まで迫った時だった。
獣人の大きな口が、牙が……。ライラ先生をしっかりと咥えて、胸や腹に牙が食い込む。バクっという音と共に、ライラ先生の肉や骨が砕ける生々しい音がして、全員が息を呑んだ。
「いやああああ、ライラ先生えええっ!」
サラの絶叫がこだまする。瞬間、激昂したソレイユ先生が長く鋭く研ぎ伸ばした爪で、ジェヴォーダンに襲いかかる。
「てめええええ! 先輩を離せええええ!」
レイス先生ほどではないが、身軽にジェヴォーダンの拳を避けたソレイユ先生が、その腕めがけて爪で引き裂こうとした時だった。
自らの血液を刃に変化させたゾフィの武器が、ソレイユ先生を捉える。ジェヴォーダンにしか意識が行っていなかったせいだろう。ゾフィの血の刃がソレイユ先生の左肩から右脇腹にかけて、振り下ろされる。
最初は、それもゾフィの血で作られたものだと思っていた。でも違った。私達が見たものは、ソレイユ先生から噴き出した血の噴水みたいだった。
大量に出血したソレイユ先生は、斬りつけられた反動で背中から地面に倒れ伏す。それでもなお噴き出している血を浴びながらゾフィは、顔にかかったソレイユ先生の血を舐めて満悦そうな笑みをこぼしている。
「ふひひ、ダメですよ。ジェヴォ君のお邪魔をしては……。彼はとても怒っているんですから。今まで魅了にかかったフリをしてまで、この機会を待っていたんですから。上手くいってよかったです」
全員が絶句していた。
目の前で教師二人が、あっという間にやられてしまった。
ジェヴォーダンの大きな口に咥えられたままのライラ先生は、息があるのかないのか。だらりと垂れた手足、力無く薄目を開けたままの顔からはだんだんと生気が失われていってるようだった。
ソレイユ先生も、地面に倒れたまま動かない。
悪夢だ。頼りにしていた大人二人が、こうもあっさりと……。
「これはまずいな。頼みの綱だったライラ君がああなっては、あの獣人に対して為す術がなくなってしまった」
学園長であるナーシャの顔に、珍しく焦りが滲み出ている。
私はルークの手を握ったままで、ここまでの光景を見つめながら考えていた。これは、私がこの身を差し出したとして、本当にそれで丸く収まるのか? こんな惨たらしい状況に、すでになってしまってるのに。
「ソレイユ……、ライラ先輩……っ!」
先生の口から、絞り出すように二人の名前が出てくる。そして一歩、二歩……。二人の元へと歩いて行く。その行く先にジェヴォーダンとゾフィがいるにも関わらず。
見れば先生の表情は怒りに満ちていた。初めて見る顔だ。あんなに激怒している先生の顔を、私はこれまで見たことがない。そうだ、これはそれだけ酷い状況なんだ。
「ゲーム内でも、ソレイユ先生とライラ先生が死にかけるような描写なんて、なかった……」
「……E?」
ルークがやっと私が囁いた言葉に気付いたみたいだけど、今度は私の方がどうでも良くなっていた。
握っていた手を離して、私はふらりと歩く。
「もう、いいから……。わかったから……」
そうだ、これが結果なんだ。
サラが聖女として覚醒しないルート。それはーー、全滅を意味している。
だから未覚醒ルートなんて存在しなかった。
聖女の奇跡がなければ、全員完全治癒してもらうことなく、邪教信者達に殺されてしまうから。
「E君、何を考えている。やめるんだ……、そんなことをしても意味はないぞ」
ナーシャは相変わらず察しがいい。
でも、そんなこと私だってわかってる。私が邪教信者の方へ身を寄せたとしても、彼等がみんなに手を出さない保証なんてない。でも、そうすることで一旦この場を終わらせることが出来るなら、なんでもしてやる。
私は両手を広げて、身を捧げる仕草をした。
どうせ何も起こりはしないんだから。
ーー更なる絶望を。そうすれば目覚める。
頭の中で声がした。
どこかで聞いたことのある声だけど、リンじゃない。
私の仕草を見て、察したヴォルフラムが地上へやっと降りて来た。
そうか、空中に浮いたまま私だけ上空に引き寄せることは出来ないのね。
優しげな微笑みを浮かべるヴォルフラム。ほんの少しでも彼に良心があったなら、見方が変わっていたのかもしれない。でももう遅い。あんたは先生を傷付けた。それは絶対に許されることじゃない。
私の中には、もうヴォルフラムへの殺意しかなかった。
優しく私の顔に触れ、撫で回す。愛しそうに、懐かしむように。
「お帰り、イビル……」
それが合図だったんだろう。
バチンと全身に高圧電流でも流されたような衝撃と共に、私の意識は追いやられた。どこへ?
見ると私は俯瞰するように、目の前に私がいた。どういうこと?
「ずっと会いたかった、ヴォルフラム……」
今のは私が言ったの?
違う、私はここにいる。
目の前にいる体が、言葉を発した。
「今、お前にかけた弱体化を解除してやる」
そう言ってヴォルフラムが私のおでこに手のひらを乗せて、ぼんやりと青い光が放たれる。
すると私の額から、角がニョキニョキと生えてくる。
かつてEの記憶の中で見た角とは、長さが違っていた。
あの頃よりずっと長く、悪魔か鬼のような長さの角がしっかりと額から生えている。
ニタリと笑う私の笑みは、ひどく邪悪に満ちていた。
この先もどんどんやばい方向へ、面白くなっていくので。
どうぞよろしくお願いします。




