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96 「役立たずのモブ」

 ヴォルフラムの口から発せられた、おぞましい内容にルークは吐き気を催していた。

 こんなことをしてる場合じゃない。あんな奴、無視して早く先生を助けなくちゃいけないのに……。


 そう思って、私はニヤついたヴォルフラムから目を逸らして、重症の先生へと視線を移す。そして理解した。

 今ここに必要なのは、私じゃないことに。

 サラはありったけの魔力を込めて、先生の怪我を治癒していた。聖女覚醒、一歩手前といったところかもしれない。全身全霊、誠心誠意、サラが愛する先生を救う為に、懸命にその実力を発揮している。

 それに比べて私はどうだ。回復魔法なんて一切使えない。駆け寄ったところで邪魔になるだけだ。私がいたところで、先生を救う手立てにすらならない。

 あまりに無力な自分に失望した。


「どうしよう……、怪我は治せたのに……っ! 私の力じゃ、傷を癒すだけで精一杯……。先生の……、先生の目を修復することは、出来ないよ……っ!」


 いくら回復魔法とはいえ、目玉を復元することは不可能……。

 完全に失われてしまったものは取り戻せないってこと?

 それじゃあ先生の左目は、一生このままなの?


 私にサラを責める権利なんてない。サラは出来る限りのことを、しっかりやってくれた。先生の怪我を癒してくれた。だから、先生の命を繋ぎ止めてくれたんだから。それだけで十分。

 私じゃ、出来ないことだ。


 悔しくて、とても複雑な気持ちだった。

 先生さえ無事であればそれでいいのに、私はサラの能力に嫉妬してるの?

 自分があまりに役に立たないからって。情けない。みっともない。ひどく惨めだ。


 ……先生は、サラとウィルに任せよう。

 私は肩を貸してくれているエドガーに、ルークのところへ向かって欲しいと告げる。

 だけど一歩も動こうとしないから、私は不思議に思ってエドガーの顔を覗き込む。


「先……生……っ」


 初めて見た。

 エドガーは先生の酷い姿を見て、言葉を失っている様子だった。

 もうすでにサラが目以外の怪我を治しているから大丈夫だというのに、エドガーはそういったこと以前にもっと別のことでショックを受けているみたいだ。


「俺の……せいで……」


 そうだ、先生はチームからはぐれたエドガーを探しに出て行った。そして騎士団が襲われているところに遭遇して、邪教信者に襲撃されたところを先生に助けてもらったと言っていた。

 先生がこんな状態になったのを、自分のせいだと思ってる。

 違う。エドガーを探しに行って欲しいと頼んだのは私なんだから。エドガーは悪くない。

 遅かれ早かれ襲撃はあったんだから。


「エドガー、違う。これはエドガーのせいなんかじゃない。だから落ち着いて」


 必死に声をかける。いつの間にか声が普通に出せるようになっていた。大声とかはさすがにまだ無理そうだけど、私は何とか自分を奮い立たせて、エドガーを叱咤するよう努めた。


「エドガー、今は何よりルークが危ないのよ。さっきあいつが話した通り、ヴォルフラムはルークの兄で……、もしかしたら弟にまで手をかけるかもしれない。すごく危険な奴だから、みんなで協力して立ち向かわないと敵わない」

「あのふざけた野郎が、先生をやったんだろ。ルークの兄貴だかなんだか知らねぇが、ぜってぇ許さねぇ!」

「二人とも、落ち着きたまえ。後方に獣人、上空に邪教信者、そして前方にいるのは恐らく元・暗部の者だろう。あまりに相手が悪すぎる。レイス君が意識を失ってしまった以上、我々だけではどうあっても勝ち目がないよ」


 ナーシャ、そんなことわかってる。でも全てを話した唯一の人物、学園長ならわかってるんでしょ?

 私なら殺したりはしないって。

 それなら私の身柄と引き換えに、みんなを見逃してもらう可能性もまだゼロじゃ……。


「俺なら……、まだやれますよ……」

「レイス先生っ!」

「意識が戻ったんですね、先生!」


 よかった……。完全には良くないんだけど、でも……生きててくれて、よかった。

 先生は自分の体を支えているウィルとサラの頭を撫でて、ふらつきながら立ち上がる。怪我は治っても、左目が完治したわけじゃないから。お願いだから、無理をしないで。

 私はエドガーにしがみついたままで駆け寄ることが出来なかった。足が動かなかった、というのも事実だけど。それ以上に何の役にも立てなかった自分の不甲斐なさに、先生に合わせる顔がなかったというのが本音だ。

 先生が無事そうなのを確認してから、私は気を取り直してルークのケアをしようと思った。


「エドガー、ナーシャと一緒に先生についていてあげて。先生は左目を失って、平衡感覚とか。そういった感覚が鈍って、上手く動けなくなってると思うから。お願い、先生と……サラを守って。エドガーにしか頼めない」

「E……、お前はどうすんだよ」

「あいつらの狙いはサラよ。私は出来る限りあいつらの気を引くから、みんなで逃げてちょうだい」


 それだけ言うと、私はエドガーから離れてルークの元へと向かう。

 エドガーは私のただならぬ言葉の雰囲気に、何かしら察してくれたんだろう。何も言わずに先生がいる方へと走って行ってくれた。

 タンクのウィル、回復のサラ、攻撃のエドガー。この三人が揃えば、とりあえず何とかなる。

 問題はジンの方だけど、多分あいつは真っ当に生きている子供をむやみに殺したりはしない。心の底から信じたわけじゃないって今でも思ってるけど、両親の言葉が耳に残っていた。

 無益な殺生を好まないって言われてるんだから、私の両親の顔をちゃんと立てなさいよ。


 まだおぼつかない足取りだけど、引きずりながらルークの元に辿り着いて、私は彼の手を握る。

 私の手が貧血のせいで冷たくなっていたせいなのか。ルークの手がまるで発熱でもしてるかのように、熱を帯びていて驚いた。それでも私は両手でルークの手を握り締めて、ヴォルフラムに集中するのをやめさせようとした。

 いつもならモブであっても私の存在に気付いてくれてたルークだったけど、今はそれどころじゃないのか。ルークはただ一点を、ヴォルフラムだけを見ていた。

 顔色はとても悪くて、ついさっき聞かされた内容を一生懸命頭の中で理解しようとして、追いついていないような表情だ。信じたくないと思う。信じられないだろうし、信じられるはずがないとも思う。

 私だって信じられない。ルークに妹がいることは公式設定でも書かれていたけれど、具体的な出生までは書かれていなかった。当然、オルレアン国王とエスペランサ王妃との間に生まれた娘だと、誰だって思うはずだ。

 それが……メリルの本当の父親がヴォルフラム?

 

「ふざけたこと、言ってんじゃねぇぞ。冗談だったら笑えねぇぞ!」

「俺はいつだってふざけてるが、冗談は言わないぜ? 親父への当てつけにお前の母親を犯して、メリルを妊娠した。だが母さんはそれを親父に黙った。俺と関係を持ったことも、俺との間に子供が出来たことも、誰にも明かさなかった。だけど真実はいつか明るみに出るもんだ」


 ヴォルフラムは上空からルークを見下ろしたまま、楽しそうに。まるで空を泳ぐように、両手を広げて飛び回る。それからぴたりと止まって、ルークを指差した。


「ラドクリフ家の血筋は、全員が赤毛で生まれてくるものだ。オルレアンも、ルーク……お前もな。だが俺は父親がオルレアンであるにも関わらず、実の母パドメの血を色濃く受け継いだらしい。俺の地毛は真っ黒だ。……メリルの髪の色は? 赤かったか?」

「黙れ! それ以上ふざけたこと抜かしてると、焼き殺すぞ!」


 激昂するルークに、私は握る手に力が入る。まるでルークがそのまま飛び出して行ってしまわないよう、引き留めるかのように。逆上したルークを見たのは初めてだ。

 そして確信させられる。ルークの態度から見て、妹メリルの髪の色はきっと……黒髪なんだろうって。


「ルーク、耳をかしちゃダメ。あいつはあんたを怒らせたいだけなの!」


 私は必死に呼びかけるけど、ルークは私の方を見ようとすらしなかった。

 ただ一途に、兄ヴォルフラムを目で追い続けている。


「メリルが呪われた血として生まれてきたのも、母エスペランサが犯されたのも、次期国王にする為に強制的に帝王学を学ばせられるのも、全部全部、全部! 親父のせいだ! 俺がこうなっちまったのも親父のせい! お前の父親が過ちを犯さなければ、俺はこの世に生まれなかった! そうすればこんな目に遭わずに済んだのになぁ! 可哀想なルーク! 恨むなら俺じゃなくて親父だぜ! ラドクリフ家の闇を産み落としたのは、他の誰でもない! オルレアン・ラドクリフの仕業なんだからなぁ!」


 高笑いするヴォルフラムに、ルークはありったけの魔力を込めて火炎系最強の魔法を繰り出そうとした。

 思えば、ルークの手を握った時に熱を帯びていたのは……、その時からすでに火炎系の魔法を放つ為にずっと準備していたからなんだと、今になって気付く。


「フレイムバースト!」


 放たれた炎がヴォルフラムへ真っ直ぐ向かって行く。だけどうねりを上げて放たれた炎に対し、ヴォルフラムは勝ち誇った笑みになって魔法を放った。


「コンジェラシオン!」


 氷雪系、最強呪文。そういえばどこかで聞いた気がした。

 ヴォルフラムは剣技、魔術共にバランスが良く……才能に恵まれていたと。

 炎と氷で互いの魔法が相殺されて、ルークは大量に魔力を消費して地面に膝をついてしまった。

 私はヴォルフラムの様子を窺ったけど、向こうは多少肩で息をする程度で、ルーク程の消耗が見られない。

 魔力の最大値にも差があるということ?

 私は疲弊したルークを気遣って、背中をさすったり声をかけたりした。

 それでもまだ頭の中は混乱しているのか、私の声が届いていない様子だ。

 今のルークには、完全に私が見えていない。

 私はまるでその場に存在しない、影の薄いモブにでもなった気分だ。

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