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94 「芽生えていく憎しみ」

 キャンプ飯コンテストが終わってから、ずっと行方知れずだったエドガーが戻ってきた。

 私は薄れゆく意識の中で、なんとかエドガーの無事を目に焼き付ける。ーー先生は?

 地面に膝をついて、ほとんど四つん這いの状態になっている私の元に、みんなが駆け付けてくれる。

 だけど、そうじゃない。私は絶対に殺されることはないんだから、みんなは逃げてくれないと困る!


「早……く……、ここから……離れ……て……っ! 私は……っ、大丈夫だから……っ!」


 貧血になると、こんなにも苦しくなるのか。

 ゾフィが本気になれば、身体中の穴という穴から出血する。そうはなってないということは、ゾフィが私を殺す気がないという証拠。いや、山の天気レベルで気が変わりやすいゾフィのことだ。信じちゃダメだ。


「これ、どうしたらいい? 回復魔法で何とかなるものなの!?」

「わかんねぇけど、とにかくやってみるしかねぇだろ!」

「E! 気をしっかり持て!」


 みんなが私から離れてくれない。……『寵愛』なんてステータスのせいだ。

 私がただのモブだったら、こういう状況になってることすら気付かれてないはずなのに。画面の隅っこで一人で勝手に死んでるような形で、みんなに何の影響も与えなかったはずなのに。

 私が表舞台なんかにしゃしゃり出て来たりするから、みんなを危険の只中にいつまでも居続けさせてしまってる。

 涙が出て来そうな思いでいるのに、実際に出てるのは血の涙……。これはこれで大袈裟すぎるでしょ……。

 自嘲気味に笑っていると、エドガーとルークが立ち上がってジェヴォーダンに向き合う。

 ダメ、殺されちゃう。あいつら、私が魔王エルバだと思い込んでるから、わざと殺さないだけなのに。

 てこずっているわけじゃないのよ? 殺されちゃう!


「だ……めぇ……っ!」


 力の限り、声が出る限り叫んだ。喉の奥から絞り出すように叫んだら、同時にゴボッと吐血した。

 だけど出血はそれを最後に、私の目や鼻や耳からとめどなく流れ続けていた血がぴたりと止む。ゾフィが私の状態を見てやめた? これ以上やると死ぬと判断したんだろうか。

 疑問に思って私がゾフィを見た。するとゾフィは膝をガクガクと振るわせながら、両手で頬を押さえている。

 その顔は恍惚で、絶頂を迎えたような、そんな官能的な表情をしていた。


「あ……っ、はぁ……っ、Eちゃんの顔……、すっごくいいよぉ。やばい、Eちゃんの命が弱々しくなってくの、すっごく刺激的で……、イッちゃったかもぉ……っ!」


 な、何を言ってるのよこいつは。やっぱりダメだ、この娘。嗜虐的思考が過ぎる。

 理解も同情も、今は到底出来そうもないじゃない。

 ほんのちょっとだけ、邪教信者の中では比較的……友達になれるかもしれないって。一瞬でもそう思った私がバカだったわ。相手を加害することに快感を覚えすぎている。


「いい加減にしろ、ゾフィ。真面目にやらないと教主様にお叱りを受けるぞ!」

「えへへ、わかってるってぇ……。でも、ほら……噂をすれば、だよ」


 そう言ってゾフィは、私達がいる真上あたりを指差した。ーー真上?

 全員が察して、上を見る。

 すると上空から黒い何かが……、人が……落ちて来た。


「ウィル! 絶対に受け止めろ!」


 エドガーが叫ぶ。

 判断が早過ぎる……。()()が何かを、知ってるの?

 血を流しすぎた私は、考えがまとまらずにいた。

 でも心のどこかで、「絶対に違う」ってずっと叫んでいる。


「嘘よっ! いやああああ!」


 泣き叫ぶサラ。

 あぁ、やめて……。

 私に現実を突きつけないで。


「今、受け止めます! 意識を取り戻してくださいっ! ()()っ!」


 そう叫んだウィルが両手を広げて、落ちてきた人を受け止めた。

 全身の筋力をフル稼動して、高い場所から落ちてくる成人男性を受け止められるように。その反動に耐えうる筋力で受け止め、そしてその衝撃でウィルは足を踏ん張りながら、数メートル先まで後退していく。

 やっと止まったかと思ったら、摩擦でウィルの足元から煙が上がっていた。

 ドクンドクンと、私の心臓は高鳴り続けていて。ずっと心の声が「見たくない」「信じたくない」「絶対に違う」と叫び続けていた。


「先生っ! レイス先生! しっかりしてください!」

「嫌よっ! 死なないで、先生! 今すぐ治癒魔法をかけるから!」

「一体どうしたんだ、この怪我! 何があったんだ!?」


 受け止めたウィル、回復魔法をかける為に走って行ったサラ、状況説明を求めるルーク。

 私はまだ動けていない。大好きな人が、守らなければいけない人が、すぐ目の前で気を失っているというのに。私の体は動いてくれない。呼吸するので精一杯だった。

 私のすぐ側に留まっていたエドガーに、ナーシャが何があったのかを訊ねる。


「一体、今までどこで何をしていたのだ? 君はレイス君と一緒にいたんだろう?」

「あぁ……、俺が悪いんだ。俺がつまんねぇ意地を張って、一人になったりしたから。いきなり現れた邪教信者に襲われていたところを、先生に……助けられた」


 邪教信者が……?

 その時すでに、接触していた……。


「俺がむしゃくしゃして離れてたら、周囲に騎士団の連中が倒れていたんだ。何があったのか、何で騎士団がこんなところを彷徨いてんのか知らないまま、俺は駆け寄った。そしたらそいつら、邪教信者に襲われたって……」

「その騎士団はレイス君の、第7騎士団の者だよ。万が一を想定して、儂達に知られない範囲を巡回してもらっていたんだ」


 騎士団が襲われていた。それをエドガーが見つけたところに、襲撃していた邪教信者に狙われた。

 そこに……、エドガーを探しに回っていた先生が来て、エドガーを助けた……。

 そのまま話を聞いていたら、上空から声がした。これも聞き覚えのある声だ。


「俺からのプレゼントはどうだった? 嬉しくてちびっちまったか? E様!」

「……ヴォルフラムっ!」


 私はこれほど誰かを憎く思ったのは、初めてだった。

 先生を傷つけたこいつを……。

 出生がどうであれ、ルークの兄だろうが関係ない。

 私は初めて、人間に対して激しい殺意を覚えた。

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