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92 「化け物」

「大変よっ! みんな起きて!」


 サラの声を聞く前に、全員が爆発音を聞いて飛び起きている。

 私は慌てて寝袋から出ようとするけど、チャックを開けるのにモタモタしてた。すでに寝袋から出ていたルークがチャックを下ろしてくれる。

 ウィルもすでに寝袋から飛び出していて、テントから出るなりナーシャを庇うような仕草で周囲を警戒していた。


「一体何が起きてるんだ!?」


 あちこちから爆発音、何かが崩れる音、暴れながら声を上げているであろう魔物の声。

 更に周辺からは生徒達の叫び声。怯えた泣き声ではなく、指示をする為に叫んでいたり、注意を促す為に大声で声をかけている……といった声が多かった。

 前回の実戦演習での経験が活きているのか、みんな自分に出来ることをこなす為に、それぞれで声を掛け合って事態の収拾に当たっているみたいだった。

 ようやく寝袋から出て、私もテントの外を確認する。

 あちこちから炎や煙が上がっていて、サバイバルキャンプどころではなくなっていた。

 私はナーシャを見て、彼女もこくんと頷く。


「サラ、先生達のテントへ行くわよ!」


 少なくとも生徒で固まっているより、大人に保護されていた方が安全だと思った私は、サラの手を引っ張って連れて行こうとする。

 だけどサラはその手を弾くように拒絶した。


「サラ!?」

「まだエドガーが戻ってない! ここから離れたら、エドガーが戻った時に誰もいない状態になっちゃう!」


 確かにエドガーはまだ戻っていない。先生が探しに出たままだ。

 私が先生に託してから小一時間は経っているだろうか? 

 いつまで経っても戻らないこと、どうして気にしなかったんだろう。

 先生だから大丈夫って思いすぎでしょ私!

 でもここは……っ、仕方ない。こう言うしか。


「エドガーならレイス先生が探しに行ってるから大丈夫! 先生と一緒なら、ここに誰かが残っている必要なんてない! まずは安全の確保でしょ! ウィル、ルーク! ナーシャと一緒に先生達のテントへ行くわよ。それから途中で他の生徒と合流しつつで!」

「わかった!」

「ナーシャちゃん、俺と行こうか」

「王子様はわかっているね、よろしく頼もうか」


 この規模は訓練の一環なんかじゃない。

 確実に邪教信者達が襲撃して来てるんだ。まさか訓練初日で来るだなんて思ってなかった。ある程度、キャンプでの生活に慣れてきて、気が緩んでいるところで襲撃して来るって予想してたのに。

 私の予想、当たらなさすぎて泣けてくるわ!

 

 川向こうにテントを張っている生徒が応戦しているのが見えて、私達は足を止めた。

 もし楽勝じゃない状況になってるなら助けないと。

 そう思って全員が川向こうへ渡ろうとした時だ。


「満月の夜はいい。力がみなぎってくる。本領を発揮できる最高の環境……っ!」


 地の底から響いて来るような、低い声が耳をつんざいた。

 普通「声」でそんな状況になる? そう思っていたけど、相手が人間ではないことに少し納得。

 川向こうにある木々が次々と倒れていく中、大きな影がみるみる姿を現していく。その巨躯は思っていた以上に大きくて、今朝出くわした恐竜と同じくらいの大きさでありながら、その迫力はそれ以上だった。

 金色のたてがみが月明かりを受けて輝くように見える。一振りしただけで、奴の周囲にあった木々が粉々に粉砕した。まるで草木をかき分けるように、太い木々を両手で切り開いてその全貌が明らかになった。


「獣人……、ジェヴォーダンっ!」


 こっちの世界に来てから初めて見た。

 何度かの襲撃の度にライラ先生の固有スキルでもある「魅了チャーム」で、毎度メロメロにさせられてゴロゴロと喉を鳴らしていたという評判のあいつ。

 その状況説明を聞いた限りで、勝手に大きな猫扱いしてたんだけど、とんでもない。

 見た目と迫力だけでいうなら圧倒的な化け物だ。

 睨みつけただけで命を持っていかれそうな目、なんでも噛み砕いてしまいそうな鋭い牙、分厚い城壁でさえもワンパンでぶち抜きそうな筋肉だらけの太い腕。ガチガチに硬そうな胸筋と腹筋。

 その姿を見ただけでもはや、絶望という二文字しか頭に浮かばない。


 私は先生達のテントの進行方向に、生徒達のテントがあるのを見た。テント前では非戦闘員っぽい邪教信者と戦っている。私はとにかく大急ぎで、何が最適かを考えた。


「ルークは遠距離魔法でジェヴォーダンを牽制してて! それからウィルはあそこの生徒達に先生を呼びに行くように伝えてほしい! あの生徒、確か脚力系のスキル持ちでしょ!? その俊足とジャンプ力で先生を……、特にライラ先生を呼びに行くようにお願いしてちょうだい!」

「わかったよ!」

「ナーシャは危ないから、私達と一緒にいて! なんならルークと一緒に牽制して!」

「任されたよ」


 ジェヴォーダンは完全物理タイプ。魔法攻撃が比較的効きやすいタイプではあるけど、生命力は四天王の中でもトップクラス。それならライラ先生に魅了してもらって、大人しくさせるのが一番効率がいい、はず!

 相変わらず自分の選択が本当に最適化どうか自信ない! でもやるしかない。

 あいつらの特徴を全部把握してるのは、多分おそらくきっと私だけだ。


「ちまちまと魔法を撃ってきて、うざったいハエだな」


 余裕の声で、目の前にあった生徒のテントを手で跳ね飛ばすジェヴォーダン。なんとかそこに留まっていた生徒達は、すでに避難出来ていたみたいで安心。

 でもこのまま前進されたら困るのは変わらない。


「ナーシャ、あの時みたいな……『絶対服従』ってスキルで、あいつをなんとか出来ません!?」

「ぬーん、あれは条件が厳しくてな」

「条件!?」

「まず環境条件として、静寂の中でしか」

「はいゴミ!」


 使えないものは仕方ない。

 それならナーシャにもルークと同じ遠距離魔法で牽制してもらって、少しでもライラ先生が来るまでの時間を稼いでもらうしかない。

 もちろん私たちも後退しつつ、先生達のテントへ向けて移動しつつ……だけど。

 考えてみればこんなカオスな状況で、今も先生達がテントにいるか? って疑問が浮かぶ。

 仕方ないじゃない。そこしか頼れる場所がないんだから! そんな風に自分で自分を擁護してみるけど、どうにも危機的状況で不利なのは最初から変わらないのかも。


「……そうだ」


 私は首に提げていた警笛を手に持ち、吹いた。

 先生を危険に巻き込みたくなくて、ついつい使うのを躊躇う余り、その存在すら忘れてしまう。

 空気が漏れる音しかしないが、これで確実に私達のピンチは先生に伝わっているし、この警笛に搭載されているGPS的なやつも機能して居場所を教えてくれているはず! 

 こっちからも先生の居場所がわかればいいんだけどね!


「E! あいつ、頑丈すぎて全く効いてないぞ! 物ともしない様子でこっちに来る! このままじゃすぐに追いつかれちまうぞ!」

「それでも撃ち続けて! それがなけりゃとっくにみんな捕まってる!」

「ねぇ、私の状態異常魔法は役に立たないかな? やっぱり抵抗値とか高い方なのかな?」


 ぴたりと止まる。

 ライラ先生のスキル『魅了チャーム』って、とどのつまり状態異常よね? 

 あれだけ軽々と効いたってことは、ワンチャンあるかも!


「サラ! なんでもいいんで、どうぞ!」

「わかった!」


 サラがマナを練る為に集中し始めた。

 その瞬間、ジェヴォーダンがにやりと笑ったような気がした。

 

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