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87 「魔物の正体」

 恐竜はさすがに無理、ということで全員ダッシュで逃走してるんだけど。

 ちょ、みんな……っ! 足早っ!

 この中で私が一番体力なくって、というか運動神経無さすぎて、どんどんみんなから離れていってしまう。

 回れ右して走り出したから、最後尾だった私が先頭で逃げることが出来たはずなのに、次々と追い抜かれていって。ってゆうか、ナーシャが真っ先に逃げ切ってるってどういうことよ!

 生徒を守らんかい!


「E! 手を貸せ!」


 そう言ってルークは、私を引っ張って走るつもりだろうけど。

 無理、もう足がもつれそうで今にも転びそう!

 思った途端にべたんと見事にすっ転んで、早速の伏線回収をしてしまう私。


「Eっ!」


 後ろに迫り来る恐竜めがけて、ルークは呪文の詠唱を始めてるけど。

 威力の高い魔法ほど詠唱に時間がかかる。

 かといって初級魔法だと、確かに発動は早いけどダメージなんてきっと入らないだろう。

 せいぜい目くらまし程度にならワンチャンあるかもだけど、ルークまで危険に晒すわけにいかない。


「行って! 私は自分のスキルで逃げ切るから!」


 そう叫んで、私は咄嗟に心の中で『ステルス』と唱えてスキルを発動させた。

 ルークだけじゃなく恐竜の目の前で、私は姿を消す。

 それを確認したルークは、心配そうな顔をしながら走って行くけど、まずはみんなのところへこの恐竜が向かわないようにしなくちゃ。

 そう思うけど、私の武器はショートソードのみ。

 恐竜の硬い皮膚なんて全く刃を通さないだろう。

 私は転んだ体勢のまま、ゴロゴロと横の茂みの中へと転がっていった。

 あのままその場所にいたら踏み潰される恐れもあるから。

 目の前をものすごい迫力で通り過ぎて行った恐竜、そこで私はある違和感に気付いた。


「あれだけ巨大な恐竜が目の前を走って行ったのに、地響きも何もなかった……?」


 普通なら走った時の振動、足音、そういったものが当然あるはず。なのにそれがなかった。

 見ると恐竜が走り去った足跡を確認しようと、茂みから出て行って地面を見るけど、足跡すらない。

 あれだけ巨体なのだから、絶対に足跡が残るはず。それだけの重みがあるだろうし、地面を踏み締めた時の跡が絶対に痕跡として残るはずなのに。


「あの恐竜、何かおかしい」


 茂みから出ていって、恐竜の後ろ姿をじっと見つめる。

 静かな位だ。

 しかもそれまで引っ切り無しに襲ってきていた魔物が、急に姿を現さなくなっている。

 どういうこと?

 わけがわからなくて、私はスキルを解いてみた。

 その場にじっとして魔物が襲ってくるのを待つ。だけど、来ない。

 森に入った時からずっと襲われ続けていたのに。

 不思議に思って、私はみんなが逃げて行った方向へと歩いて行く。

 するとぴょんっと小さなスライムが突然現れた。

 驚いて武器を一応構えてみるけど、目の前でぴょんぴょん跳ねるだけで、何もして来ない。

 え、これ……もしかして……?


 私はそのままじっとスライムと睨み合いのようなことを続けた。

 それでも相手は襲ってこない。

 目の前でぴょんぴょん跳ねるだけだ。

 恐る恐る、ショートソードの先っちょでスライムを突いてみた。

 するとそれに反応したかのように、私に向かって勢いよく突進してくる。

 襲ってきた!

 私は短い悲鳴を上げながら、持っていたショートソードを適当に振り回して威嚇する。

 たまたま、本当にたまたま切っ先がスライムに当たって、そのまま水風船が弾けるように目の前で四散した。

 だけど、スライムが四散した破片……というべきか、死体? そういった痕跡は一切見当たらない。


「あー……、これ、もしかして……」


 私が一人で納得していると、茂みに生えている木の上からガサガサッと音がして、私は飛び上がるほど驚いた。

 見るとそこにはいつから潜んでいたのか、レイス先生が木の上から「よっ」と挨拶してる。

 いや、何、その軽さ。私にとっては、めっちゃサービスにしかならないんですが?


「気付いたか、モブディラン」

「レイス先生、いつからそこにいたんですか」


 話しかけると、先生は軽やかに木の上から飛び降りて、地面に華麗な着地を決める。

 さすが運動神経抜群は違う。

 身のこなしから、まるで黒猫みたい……と思ってしまう。

 いや、先生の衣装が全身黒だから、そう例えただけだけど。

 先生、猫好きだし。


「適当に他のチームを見て回ってたら、ちょうどお前達のチームが走っていくのが見えてな。面白そうなので観察してた」

「こっちは必死なんですけど」

「すまん、でもこれも仕事なんでな」


 いや、面白がるのが仕事って意味じゃないですよね?

 私は訝しげに先生をジト目で見てたら、顔の前で片手を縦にして「ごめん」と謝る仕草をした。


「要するにあれですよね? 森に入ってからずっと襲ってきた魔物、多分動く物に反応して現れる幻覚……のようなものですか」

「幻覚というか、幻惑の術だな。森の中には特殊な花粉が飛び交っている。それを知らずに森に入った者は、幻惑効果のあるその花粉を無意識に吸って、魔物の幻を見てしまう」


 やっぱり。


「じっとして、刺激さえ与えなければ何の脅威もないけど。音を立てて魔物の幻が現れて、それを攻撃したら襲って来る。そして幻だろうと、その魔物の攻撃を受けたら実際に怪我をする?」

「正確には怪我をしたという幻覚を見るわけだな。全てが幻だから、脳がそう認識してしまうようになっている」


 私達が森に入ってから、忍び足で侵入するんじゃなく、堂々と物音を立てたものだから、魔物の幻覚が現れる。

 先頭のウィルは防衛本能が強くなってる為、その魔物を攻撃する。

 だんだんと幻惑の術の効果が広がって、たくさんの魔物が出現していると思い込む。

 好戦的なエドガーは、魔物が攻撃を仕掛けて来ても来なくても、自分から攻撃して倒そうとする。

 次々とそれが伝播? して、私達だけ魔物に襲われまくるっていう状態に陥る……ということなのかな。

 

「あ……、じゃあ今、恐竜に襲われてるみんなって、幻惑の術にどっぷりハマってるからやばいんじゃ?」


 先生が、腰ベルトに付けてるポーチから閃光弾を取り出す。


「全員に渡しておいた救援用の閃光弾、減点にはなるが命の危険を感じたら使うように言ってある」

「……自尊心の強いエドガーが使うと思います?」

「ま、無理だろうな」


 このサバイバルキャンプは連帯責任も伴う。

 いくらエドガーが救援を拒否しても、他のメンバーが救援を求めたら使用することが出来る。

 でもメンバーが一発でも使用したら、それはチームの減点になる。

 どれだけお互いを信頼出来るか、どれだけお互いを思い合えるか、協力出来るか。

 それも含めてのサバイバルキャンプだ。

 だとしたらあの恐竜から逃れる術はただ一つ、サラの状態異常回復魔法をかけてもらうしかない。

 全員が幻惑の術にかかっているというのなら、それは状態異常にかかっているということ。

 しかし、彼等の内で一体何人がそれに気付いているんだろう。

 そう思っていると、割と近くからパァンと軽快な音が鳴って、シュルシュルと赤い色の煙を噴出させた弾が上空めがけて飛んで行く。


「赤、ということはお前達のチームだな。誰かが撃ったらしい」


 そう言って先生は「あとは大丈夫だな」と私に確認すると、キラキラチームが走って行った方角へ向かって飛んで行った。恐らく救援弾を撃ったから、幻とはいえ先生はみんなを救出に向かったんだろう。

 これで早速、私達のチームはマイナスとなった。

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