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79 「作戦なんてものはない」

 私の口からイビルという名前を聞いた瞬間、ジンの態度は一変した。というより、驚き過ぎて動揺している、と言った方がいいのかな。魔王復活の儀式の時に、器となる人間の魂は不要という話だった。

 つまりイビルの魂はその時点ですでに消失させた、ということになる。だからジンは動揺しているんだ。あれっきり、イビルに関することはおしまいと思っていただろうから。


「……イビルの魂は、まだそこに?」


 生唾を飲み込みながら、そう質問してきたジン。これには私もどう答えたらいいのかわからない。リンのように、魔王……私の魂の中に残滓ざんしのような形で残っているのか、それともあの夢を見たのはイビルの魂とかそういうものは関係していないことになるのか。

 だけどここで素直に「わかりません」と言うのは、こちらの不利にならないかな……と考えてしまう。頭がキレて口も回る彼等のことだから、無知な私を言いくるめようとするなんて造作もないことだろうし。何より私が認めたくないのよね。今まで散々いいように振り回されてきたんだもん。たまにはこっちが優位に立ちたい!


「リン……という女性を覚えている?」

「!」

「魔王召喚の儀式の時に、魔王の魂と交じってしまったハーフエルフの女性。私は一度、彼女に会って話をしているわ」

「リンは……っ! 彼女はまだ生きて!?」

「生きてるという表現が正しいのかどうかわからないけど、私の中にまだ彼女の魂のかけらが残っているのは確かよ。そしてイビルも、リンほどではないけど……まだ私の中にいるわ」


 そう聞いたジンの顔は、安堵という言葉がぴったりだった。それほど彼の表情は喜びに満ち溢れていた。安心するように、救われたとでもいうように。よっぽど大切だったんだろうけど、だったら魔王の器になんかするなって話じゃない? リンの時、ジンがどこで何をしていたのかは知らないけどさ!


「ヴォルフラムが欲しているっていう話だったけど、私ももう一度会う必要があるとは思ってるわ。私の目的の為にね」

「お前の目的?」


 安堵から一変して、片方の眉を吊り上げて表情を強ばらせるジン。そういや私は私として喋ってはいるけど、相手にとってはどっちが喋ってることになってんのかな? ジンは魔王と会話してるって思ってる? そうすると魔王に対する態度がなってなくない? 無礼じゃない? いや、私としてはどうでもいいけどさ。


「確かに、私もこの世界の在り方に疑問は感じている。異種族に対する偏見や差別は異常だわ。それをどうにか出来る力が私にあるっていうなら、変えたいって思ってる。でも圧倒的パワーによる実力行使を振るうつもりはないわ」


 それだけは避けたい。それってつまり学園側の先生と敵対することになるってことだもんね。出来ることなら先生と敵対関係になりたくない。でも、もしそれが必要になってきたら……。


「……魔王が出て来る時点で、こちらが武力に頼らずとも王国側が武力で刃向かうことになるが?」


 んー、話術交渉なんて私には無理! 戦略性のある戦いも無理! 私はごく一般的な社会人よ? 頭脳戦とか出来るわけないじゃない! 頭のいい人、助けて!


「そこは、私の人脈に任せてほしいの!」

「は?」

「私が今どこに所属してるか忘れたの? 王国でも名高いアンフルール学園よ。そこにはあらゆる身分の生徒が所属している。武器商人の家柄だったり、騎士団長の息子だったり、もちろん王族の人間だってね」


 ごめん、勝手に頼りにするわね、ルーク!


「……ルーク様のことを言っているのなら、無駄なことはやめておけ」

「なんで無駄だってわかんのよ!」

「わからいでか。ルーク様も父王オルレアンのことを憎んでいるのを忘れたのか」

「だからいいんじゃない」

「は?」


 だって私もオルレアンのことが大嫌いになったんだもん。


「少し遠回りになるかもしれないけど、ヴォルフラムの憎しみの原因がオルレアンにあるのなら。まずはそれをどうにかする他ないでしょ。その為には国王に近付く必要がある。王子であるルークならそれが可能!」

「即興で立てたプランにしか聞こえんがな」

「絶対権威である国王相手だから、そりゃ一筋縄じゃいかないのはわかってるわ。それでも、魔王が国王に近付く機会なんてこれ以外にないと思わない?」

「そううまくいくとは思えん」


 私だってそう思ってるわよ! ムカつく!

 全く、なんで私がこんなことしなくちゃいけないってのよ。私はただ先生を生温かい目で見守るだけの人生を歩いていたかっただけなのに! どうしてこうなった!


「とにかく私は、誰も死なずに、誰も傷付かずに、不幸になる人間を作らない結末を選びたいの! そんなこと、ただのモブじゃ出来ないのはわかってた。でも魔王だってのなら話は別になるかもしれないじゃない。平和主義者の魔王がいたっていいでしょ」

「ふん、強欲な女だな」

「欲張りなのはわかってるわよ。それでも、誰かが欠けたら悲しむ人がいるから。私はそんなの見たくないのよね」


 生徒の誰か一人でも欠けたら、きっと先生は悲しむ。それじゃ先生の笑顔を守れない。そうよ、私は先生の笑顔を守る為に生きるんだから。メリーバッドエンドな結末しかないのなら、欠けるのは世界の敵になる魔王だけで十分よ。

 だって私がEとして先生に会ってから、まだ半年も経ってない。たったそれだけの年月なら……。


「時が来たら、私はそっちへ行く。それまでは学園側でやり残してることがあるから、それが片付いたら……私は魔王としてあんた達のところで奉られてあげるわ」

「偽りはないな?」

「ヴォルフラムだって会いたがってるんでしょ? それにゾフィのことだってあるもん。可能なら、私は彼等だって救いたい」


 一番救いたい人のことは絶対に譲らないけどね。

 結局、流れとはいえ私はあっち側に行くことになるんだな……。もうめちゃくちゃだわ。作戦? 戦略? そんなもんないわよ。

 ただ、学園にいるだけじゃ何も解決しないってことははっきりしてる。状況がすっかりゲームとは違って来てるけど、主人公が邪教信者側で動く……なんて展開なかったもん。だったらこの状況を利用してみるしかないじゃない。

 本当は怖いけど。レオンハルトなんかはリンのことしか頭にないみたいだし、ゾフィに至っては自分を裏切った相手にどんな態度をしてくるかわからない。敵の只中に突っ込んでいくんだから、怖くないわけがない。

 心のどこかで、私の中にリンが存在しているから。この肉体がイビルのものだから。私自身がこの世界では魔王と信じられてるから。自分以外の存在を頼りにふらふらしているだけだもの。

 私の中にリンがいなかったら。この肉体がイビルのものじゃなかったら。私が魔王でも何でもない存在だったら。きっとあっさり殺されててもおかしくない。いや、確かに魔王じゃないんだけどね?

 

 私が不安と緊張で震えていたからだろうか。ジンがそんな私の様子を見て、小さく息を漏らしながら話しかけてくる。


「魔王と言っても、普通の小娘とこんなにも変わらないとはな……」

「え」

「お前は自分が魔王だという自覚すらないんだろう。イビルは、Eにはその資質が確かにあったぞ。あれの能力は、人間とも異種族のものとも異なる。あれは……確かに魔の者の力だった」


 あの、超強力掃除機みたいな魔法? スキル?

 ブラックホールみたいなものを自分の意思で作り出す能力、とでも言うのかな。夢の中とはいえ、あれは確かにやばかった、けど……。


「Eの力、ヴォルフラムのスキルで弱体化させられてる……のよね?」

「あぁ、それも覚えているのか。モブディラン家に取り入る為に、私がお前の顔を変えたことも覚えているか」

「はい??」


 それは初耳ですが?


「私のスキル『メタモルフォーゼ』で、お前をモブディラン一族の中でも最高のモブ顔として作り替えたおかげで、モブディラン夫妻はお前を一目で気に入って、養子にしたようなものだからな」

「な、なんてことをしてくれたんだあああ!」


 え、ちょ、待っ……? これ、生まれつきでない? 生来の顔じゃないってこと? どういうこと?

 私もしかして、超平凡な顔で生まれてきたわけじゃないってことなのおおお!?

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