78 「ラドクリフ家の闇・後編」
ジンはパドメとヴォルフラムを気遣い、正面から堂々と面会させず、主に暗部が使用している秘密通路から国王オルレアンの私室へと二人を案内した。
パドメはまだ三歳にも満たない息子を労わるように、せがまれれば抱っこをしてやった。秘密の通路は地下水道にも通じており、足元は濡れて滑りやすくなっていてとても歩きづらくなっている。ジンが足元に気をつけるよう再三注意を促しながら、ヴォルフラムが疲れたのなら自分がおぶろうかと声をかけるも、パドメは息子の面倒は自分が責任を持ってみると譲らなかった。
そんな彼女の態度から、息子への愛情は確かに本物であるが、どこかしら母親として意地になっているように見えたのだとジンは言う。頑なに面倒を見る姿から、ヴォルフラムの世話が出来るのはこの世界で自分だけなのだと、そう誇示しているかのようだった。
ようやく秘密通路を抜けて、オルレアンと……そしてエスペランサと対面したパドメ。
言うなればパドメはオルレアンの愛人となる。そんな彼女を正妻であるエスペランサに会わせるなんて、どういう神経をしているのだろうかと悪態を突きたくなった。
しかし面会を申し出たのはエスペランサだという。ラヴィアンフルールの悪しき慣習とでも言うのか、国王の遺伝子を持つ長男は特別視されるのが常だった。つまりどんなにエスペランサが主張しようと、オルレアンの血を引く第一子がヴォルフラムであることは、何をどうしようと覆らないそうだ。
だからここからさらにニ年後、エスペランサが男子であるルークを身籠っても、その王位継承権が揺らぐことはなかった。オルレアンの息子ヴォルフラムが、出生がどうであれ第一王子として、次期国王として即位することは生まれた瞬間に決定していた。
ヴォルフラムがラヴィアンフルール国第一王子として迎えられることになったが、愛人であるパドメまで王城で過ごすことは許されなかった。彼女もその決定は覚悟の上だったんだろう。オルレアンとエスペランサに息子を託す際、最上級の愛情を持って育てて欲しいと、パドメはそう二人に誓わせた。
泣く泣くその条件を突きつけてたパドメだったけれど、ヴォルフラムを手放す理由は他にもあったという。
パドメは長い貧困生活から、そして数多くの男性と関係を持つことで肉体に負担を強いたことによって、重い病を患っていた。ずっと隠し続けて育児をしていたパドメだったが、それに気付いたジンが今回の話を進めた理由だ。
パドメの病は不治のものだった。それもあと数年の命だと知り、息子との永遠の別れが現実味を帯びてきた時、パドメは自分のことよりもヴォルフラムの将来を案じた。
このまま自分の手元に置いたとして、母親が死んだ後に息子一人でどうやって生きていったらいいのだろうかと。
そう考えていた矢先の、ジンの後押しだった。
自分のように貧しいまま生きていくより、最高の環境で過ごせた方が息子の為なのだと……。正妻エスペランサがいる以上、自分が娶られることがないのは理解していた。しかし腹違いで生まれてきた息子のことを、赤の他人である女が本当に愛情を注いで育ててくれるのか、それだけが気がかりだった。
エスペランサは心が病んでいた。
何年経っても跡継ぎを身籠ることが出来ず、重圧の中でずっと悩み苦しんできた。そんな時、夫に息子が出来たことを知ってエスペランサは喜んだ。やっと跡継ぎが生まれたのだと、その重圧からやっと解放されたことがエスペランサの心を救い、そして暗示をかけた。
「ヴォルフラムは私達の息子……。たくさんの愛情を注いで、立派に育ててみせるから、心配しないで」
パドメのことを乳母か何かだと思っていたのだろう、とジンは話した。
エスペランサの目はヴォルフラムしか見ていなかったから。
別れ際、パドメは息子に言い聞かせる。
「これからこの女性が、あなたの母親になるの。私はあなたの心の中で生き続けているから、私を安心させる為にあなたはここで立派に生きていきなさい」と。
まだ物心がつく前だったからか、ヴォルフラムは最初こそ母パドメから引き離されて、日中夜泣き続けていたけれど、やがて泣く回数は減っていき、いつしかエスペランサのことを母として呼ぶようになっていった。
***
ジンはある物を手にして、私に見せた。
それは逆さまになった黒い十字架だった。鎖の長さから、ペンダントだろうと察する。
「これはパドメがヴォルフラムに託した物だ。別れ際、これを本当の母だと思って肌身離さず持つように言っていたんだろう。ヴォルフラム自身は記憶にないかもしれないが、心のどこかでこれがとても大切なものなのだとわかっていたに違いない。今日はお前にこの話を聞かせる為、ヴォルフラムから拝借した」
そう言って私に見せた後、すぐに懐にしまった。よほど大切なものなんだろう。失くさないようにしているのがよくわかる。
「パドメもそうだが、エスペランサ様も大したお方だよ。自分の息子だと信じて疑わなかったからかもしれないが、ルーク様が生まれてからもエスペランサ様はヴォルフラムに対する愛情を損なったりはしなかった」
「……ルークのことは様付けなのに、ヴォルフラムは呼び捨てなんだ?」
「王族として接するより、パドメの息子として接している期間が長かったからだろうな。私がまだ暗部にいた頃は、ちゃんとヴォルフラム様と呼んでいたよ。本人からはこそばゆいからやめてくれと何度言われたことか」
イメージ出来ない。私の中のヴォルフラムはイカれたヒャッハー狂人だ。快楽だけの狂信者。国王を憎み、それに連なるものを憎み、全てを破壊しようとしていた完全なる魔王崇拝者。
ゲームで親愛度をMAXにしても、ヴォルフラムがその衝動を抑える描写などなかった。最後の最後まで彼は邪教信者だった。改心などしなかった。正義の心が目覚めることなんてなかった。ーー愛に生きようとは、しなかった。
「ヴォルフラムの望みはわかってる。でも、それでもどうしても聞きたいんだけど……」
「なんだ」
「……国王暗殺を諦めて、邪教崇拝もやめて、みんなで仲良く元通り……なんて選択肢は」
「ないに決まっているだろう。あると思うか?」
「……だから聞いてみたんじゃないの」
みんなでハッピーエンド……は、やっぱりないのね。
「ヴォルフラムが恨み、憎んでいる相手はオルレアン国王のみだ。それ以外はどうでもいいと言ってはいるが。国王側に付いたとなれば、例え相手がエスペランサ様でも、ルーク様でも……。ヴォルフラムは笑顔で手を下すことだろうな」
そう、ね。ヴォルフラムの、父親に対するヘイトは高すぎる。父親一人を殺す為に、世界すら壊そうとしている奴なんだもの。ジンに聞いた出生の秘密を聞いた今なら、その憎悪はわからないでもない。私でも殺意湧くもん。
だからといってみんなのハッピーエンドの為に国王暗殺を容認するの? 国王が殺されて悲しむ人間だっている。多分いるんじゃないかな。きっと。恐らく。十中八九。……いるかな?
「ヴォルフラムはお前を欲している。お前と共に世界を壊すことを望んでいる。私も……、パドメを苦しめた輩は許せない。彼女が目指した世界を実現させてやりたいんだ。異種族の権利を、住みやすい世界を作る為に」
ジンは頭を下げる。両膝に手を付いて、私に向かって懇願している。
この男にも信念はあるんだ。
ジンに関わった女性が異種族だった為に、彼は異種族の理想郷を作ろうと思っている。作る為に、人間の世界を一旦壊すことも厭わない程に。
ただ私は、気になることがあった。
夢に見たから、ヴォルフラムの真意を今一度確かめたいと思った。
「ヴォルフラムが本当に欲しているのは、魔王である私? それとも……ジンとヴォルフラムで保護したE、イビルの方?」
「……! イビルを、本来の彼女のことを……知って?」
「私はEの体に宿った魔王の魂よ。それくらいわからないとでも思った?」
魔王である自覚は全くないけど、ちょっとイキってみた。
でもそんなわかりやすい嘘でもジンには効果があったみたい。うぐぐ、と言わんばかりに苦虫を噛み潰したような顔になってて、なんていうか、思わず心の中でごめんねって謝ってしまう私だった。




