75 「Eのことを知る為に」
今回は少し短いですが、よろしくお願いします。
長く寝入っているものだと思っていたけれど、カーテンの向こう側はまだ真っ暗だった。この時期だと五時頃には夜が明けていて、うっすらと朝日が差し込んでいるのだけど。
今のは、何……。
明らかにEの記憶だった。Eがまだ幼い頃の、モブディラン夫妻に引き取られる前の記憶……。どうして今になって?
Eの魂は魔王復活の時に失われたものとばかり思っていたけど、まだこの体に存在してる?
だからこうしてEの記憶が夢となって……?
意外だった。考えたこともなかった。Eは私がプレイしていたゲーム内に実際に存在していたとしても、せいぜい役柄のない背景なんだと……この私が思っていた。
もしくは『ラヴィアンフルール物語』の世界を模したこの世界で、改めて登場することになったキャラクターなんだと思ったりもした。
だからEの過去に関して、根掘り葉掘り調べたりなんてしてこなかった。モブディラン夫妻の話が全てなんだと思って、それ以上詮索しなかった。
EにはEの物語があったんだ。Eも確かに存在していた。血の通った一人の人間だった。どうして夫妻に出会ってからがEの始まりなんだって思ってたんだろう。
ヴォルフラムと関係があったなんて、全く知らなかった。二人は随分前から知り合っていた。どれほどの深い関係を持っていたのかはわからないけど、Eの感情は……ただの恩人というだけとは思えない。
明らかな恋慕だ。――ヴォルフラムは?
あの二人は、愛し合っているんだろうか?
「リン、聞こえる? 会話とかは自由に出来たりする?」
……。
やっぱり……。いくら魂が同調していたとしても、いつでもどこでも意思疎通が出来るわけじゃないのね。
そこまで都合良くはいかないか。
だったら最適な相談相手となると、学園長? あんまり全面的に信頼しているわけじゃないけれど、ハイエルフともなれば色んな知識とかに精通しているはずだし。もしかしたらEに関する情報も、何か知っている?
一番確かなのは、当人に聞くことだけど。そんなパイプ、私は持ってない……。
***
「あら、Eちゃん。今日は授業があるんじゃなかったの?」
授業をサボってしまった。衝動的に行動してしまった。でもやっぱりEに関することは、この人達に聞くのが一番だと思ったから。モブディラン夫妻。たった数年とはいえ、Eと共に過ごした家族なら……。それにこの夫婦なら……。
「どうしてもお願いしたいことがあって。授業をサボったりなんかしてごめんなさい」
「E……、君が重要と思えることならきっとそうなんだろう。学園には私の方から言っておこう。何があったのか話してごらん」
さすがモブディラン夫妻。寛容すぎてびっくりするけど、今はその懐の深さがとても助かる。Eは素敵な夫婦の元に引き取ってもらえたんだ。
私は咳払いをひとつ。ここに来るまで、死ぬ気で走って約三十分。スキル『ステルス』の効果時間は約十分、クールタイムは五分。急ぎつつ隠れつつで、やっとの思いで辿り着いたモブディラン邸。基本ステータスにある『存在感』も手伝いつつ、一般人をすり抜けることは容易かったけれど。
すっかり『寵愛』の影響を受けてしまったクラスメイト、それに先生。置き手紙の形で『実家で急用が出来たので、しばらくお休みします』と残したのはまずかったかな。説明する時間はなかったし、かといって行方不明っていう形になるのは避けたかったし。なんで電話とか、そういう連絡手段がないのよ、この世界は。
でも手紙にしっかり『実家』と書いたから、もしかしたら先生がここに来る可能性があるかも。その時はなんとか、少なくとも「あの人」に会う時には来て欲しくない……。
私のただならぬ様子を察してか、夫妻は普段はあまり出入りさせてもらえない自分達の私室へと通してくれた。屋敷の二階、一番奥の部屋が夫妻の私室、書斎、寝室がある。扉を開けるとそこは、アンティーク調の家具などがずらりと並んでいて、そういったものに少し興味のあった私は思わず見惚れてしまう。
色合いなどもとても落ち着く。ゆったりと寛げそうなソファに座るように促されて、私はそこへ大人しく座る。しっかりとした布生地で、背もたれのカバーは綺麗な刺繍がしてあって座るのが少し躊躇われる。でも座り心地は抜群で、思わず背もたれにもたれてしまった。
向かいのソファに父親が座り、夫人はお茶セットを持って来ると言って、一時的に席を外す。私が私室にある棚やテーブル、本棚、ランプなどを次々眺めていたら、父親が色々と教えてくれた。
あの棚は遠くある国の家具職人が作った数少ない作品のひとつで、シリアルナンバーが刻まれている世界に三作しかないものだとか、テーブルはとても珍しい材質の木から作られているものだとか。どれも夫妻の趣味で集めたものらしく、モブに相応しくない顔と名前の広さで入手したものだという。
父親曰く、そういった人物の方が信頼されるらしい。悪目立ちしないからとか、どうとか。あとはお金だと。
ガチャリと扉が開いて、夫人自らティーセットを持って戻って来た。目の前で美味しそうな香りのする紅茶を淹れてくれて、私はちょうど喉が渇いていたこともあり、待ってましたとばかりに口にする。夫妻も上品にカップに口を付けると、ようやく本題だとでも言うように姿勢を整える。
「私達に頼みたいことがある、とのことだが。私達に出来ることなら力になろう。それがEの望みならね」
「私達は今でも変わらずEちゃんのことを、実の娘のように大切に思っていますからね。例え私達とずっと暮らしていたEちゃんの魂ではなく、知らない方の魂だったとしても。私達は受け入れるわ。それが私達が知ってるEちゃんの、望んだことだもの」
「ありがとう。痛み入ります」
「こっちのEは、随分としっかりしているなぁ!」
「まるで大人になったEちゃんと喋っているみたいよねぇ、あなた!」
まぁ、これでももう二十二なんで……。だなんてとても言えないので黙っておく。
二人の好意には本当に感謝している。でも彼等の好意は全て、E自身が積み重ねて来たものだと思う。そうでなければ夫妻がこんなに親身になってくれるはずがない。私と過ごした日数なんて、限られているんだから。
こんなに良くしてくれる夫妻のことも捨て置ける程に、Eにとってヴォルフラムとの約束は絶対のものだったんだ。
「実は、会わせて欲しい人物がいるんです。この間、ここで遭遇したジン・レンブラントという人に。お二人がこの方とは、本家と分家という繋がりがあるということを、以前話してくれたけど」
顔を見合わせる夫妻。二つ返事で了承しないところを見ると、本家と分家の間柄だけではない。ジンが暗部を……国を裏切った人間だということも、二人はきちんと理解した上で、付き合いを続けている。どういった関係なのかも気になるけれど、今はそんなことより……。
「私はジンという人が暗部を辞めた理由を、辞める以前に何があったのかを直接聞きたくてお願いしに来ました。彼と繋がりを持っている夫妻にしか頼めないことなんです。お願いします」
ヴォルフラムはジンを慕っていた。そしてジンは……、想いを寄せていたハーフエルフの後輩を失っている。それはつまり、かつて暗部に所属していたリンのことに違いない。
私はもっと、彼等の人間関係を知る必要がある。
魔王として邪教宗派の指導者となる為に……。




