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73 「Eとヴォルフラムの物語・中編」

「ヴォルフラム様っ!? 一体何をっ!」

「あ……っ、あぁ……」


 剣の柄から手を離した少年、ヴォルフラムと呼ばれた人は自分の行ないを自覚していないのか、恐怖に怯えながら後ずさる。目の前で倒れる男、私は腰が抜けたままその場から動けずにいた。

 ヴォルフラムは何か特別な存在なのだろうか。目の前で仲間が一人殺されたというのに、他の男達は慌てふためくばかりで、ヴォルフラムに手荒な真似をしようとはしなかった。

 さっきまで無抵抗の住人ですら殺してきた彼等が、だ。


「おい、どうする? どうしたらいいんだ!」

「落ち着け、とにかくこれは……内密にした方がいい。ヴォルフラム様が仲間を殺したと国王陛下に知れたら、どうなるかわかっているだろう」

「ち、父上……に……」

「大丈夫です、これは……何もなかったんです。あなたは何もしていない。そう、これは……あそこにいる鬼の娘がやったこと。殺されそうになったところを、反撃してきた。我々はそれを見て、この娘を始末した。そういうことでいいんです!」

「え……っ?」


 周囲にいた男達の目の色が変わった。殺意に満ちた眼差し、私を睨めつけるようにこちらを振り向く。

 やってない。私は何もやってない。


「た、助けて……」

「ダメだ。お前はここで始末しなくては……」

「お願い、助けて……」

「目撃者は殺すしかない」

「誰にも……、言わない……から……っ!」

「保証がない」


 すらりと抜かれる剣が三本、私に向けられる。私は身動きひとつ取れないまま、その切っ先を見つめていた。 

 ずっと蔑ろにされてきた人生。煙たがられ、ぞんざいに扱われてきた命。それならいっそ消えてしまいたいと思っていた。だけど死ぬのが怖かった。痛いのは嫌だから。生きたまま、誰にも悟られずにひっそりと暮らしたかっただけなのに、それすらままならない。


 みんなの前から私が生きたまま消えることが出来ないなら、いっそみんなが消えてしまえばいいのに。


 私の中の、何かが弾けた。

 人がスキルや魔法を解放する時、体の中で何かが弾けるような、そんな感覚があると聞いたことがある。

 持っている能力によって反応は様々だけれど、大半の者がこう感じるそうだ。


ーー力が勝手に溢れ出してくる、と。


 私に殺意を向けた三人の騎士達は、内側から何かに吸収されるように、吸い取られるように体がいびつにゆがみ、ねじれ、回転するように吸い込まれていく。

 悲鳴を上げながら、命乞いをしながら、でも彼等からは血の一滴も流れない。

 全てが点の中に吸い取られていく。ギュルギュルと吸い込まれていく音が、すごく不快で気持ち悪かった。

 固いものも柔らかいものも点に吸い込まれる瞬間、細かく潰れる音がして綺麗に吸い上げられていく。

 後には何も残らなかった。

 彼等も、彼等が着ていた物も、彼等が持っていた物も、全て彼等の内側に生じたものが吸い尽くした。


 何が起きたのかわからなかったけれど、私は命拾いしたんだという事実だけはすぐに理解出来た。

 一人残されたヴォルフラムは腰を抜かし、声も出ないのか、恐怖で表情が固まっている。助かったという気持ちが強かったおかげで、私は体の震えが治まっていて、自分の足で立ち上がることも出来た。

 私がゆっくり立ち上がると、ヴォルフラムは短い悲鳴を上げて、尻餅をついたまま後ずさるけれど、私は彼の方へと向き直って一歩二歩、歩み寄る。

 それから深くお辞儀をして、お礼を言った。


「助けてくれて、ありがとう」


 ヴォルフラムの真意がなんであれ、彼があの時……私を殺そうとした騎士を背後から剣で突き刺さなければ、騎士の持っていた剣で斬り殺されていたのは私だった。

 だからヴォルフラムは、私の命の恩人なのだ。私は自分が生き残る為に、彼の仲間を殺してしまったけれど。

 あれが一体何なのか。

 この力が彼を襲う前に、私は立ち去った方がいい。そう判断した時だ。


「あの……っ!」


 彼に声をかけられるとは思ってなかった私は、振り返る。すると彼は四つん這いになって、まるで犬みたいな格好でこちらを見つめていた。


「さっきの力は、もしかして……。まさかあなたが……、破壊と再生の女神エルバ様……?」


 彼が何を言っているのかさっぱりわからなかったけれど、少なくとも私は神様なんかじゃない。

 あの力の正体はわからないけれど、自分が神様じゃないことだけははっきりとわかる。


「違う、私の名前はイビル……。嫌いな名前だけど、これしかないから……」


 忌まわしいけれど、そう名乗るしかない。他に名前を持っていないから。

 これからもそう名乗らなければいけないのが億劫で仕方ない。自分で勝手に名乗るにしても、どんな名前にしたらいいのか、それさえ何も思いつかないから。


「それじゃあ、頭文字を取って……E様とお呼びします。エルバも、イビルも、スペルの頭文字がEなので。こんな偶然ありませんから……」


「E……」


 この少年はさっきから何を言っているんだろうと、そう思った。

 どうして彼はそんな期待に満ちた眼差しで、私を見つめてくるんだろう?

 なんで私の呼び名を考えたりするんだろう?

 戸惑っていると、甲高い声が響いた。


「これは……っ、一体どうしたことだ!」


 この声は、さっきの神経質な声の持ち主だ。

 佇んでる私と、その目の前で土下座するように四つん這いになっているヴォルフラム。そしてすぐそばには、消し損なっている男の死体がひとつ。

 これを見れば何が起きているのかわからなくて当然のことだろう。だけど彼等の行動は、私の想像を超えていた。


「無事で良かった、ヴォルフラム」

「ジンさん、ここはビンゴだったみたいだよ」


 一体何の話をしているのか。二人はとても親しげに会話をしている。

 井戸の中で彼等の会話を聞いていた時は、このジンという男をとても煙たがっていたはずなのに。でもそういう態度をしていたのは、さっき私が消した騎士達であって、ヴォルフラムがジンの陰口を言っている声は聞こえていなかった。

 二人が私を見つめる。今度は一体何をされるのだろうかと、私は身構えた。さっきの不思議なものは、私の意思ひとつで出せるものなんだろうか。

 すると二人は私の前に跪く。恭しい態度で、ジンは話しかけてきた。


「安心してほしい。我々はあなたの味方だ。あなたを迎えに来たのです」

「え……?」


 ヴォルフラムが顔を上げる。その顔は晴れやかで、とても美しい笑顔だったが、どこか陰があって少し不気味に感じられた。とてもさっきまで恐怖し、震えていた少年と同一人物とは思えない。


「この町の住人を根絶やしにしてしまったことは、とても残念な結果ですが。あなたさえ無事ならそれでいいんです。我々が崇拝する魔王エルバ様の器候補さえ、無傷であれば」


 つまりはこういうことだった。

 破壊と再生の女神エルバを崇拝し、信仰している邪教宗派というものがある。これは古来より異種族の間で崇拝されている女神であり、一部では魔王と称されている。

 ヴォルフラムとジンは邪教信者で、王国の騎士団と暗部という組織で暗躍していたそうだ。

 そして今回の獣人の町掃討作戦、これはラヴィアンフルール国王が命令したものだけど、二人はこの獣人の町に魔王復活の器候補がいるという情報を得ていたそうだ。

 その情報源は、この町の町長。他の獣人はどうだか知らないらしいけど、町長は邪教信者で、出自不明の子供を孤児院から奴隷として買い取っては、その能力を見定めて、魔王の器に足るかどうか選別していたそうなのだ。

 つまり国王の命令である「邪教徒の町を掃討せよ」というものは、皮肉にも正しい判断だった。

 邪教宗派は年々その過激さを増しており、魔王の器を確保する為ならば他の同種族を犠牲にしてでも、達成させるべきだと考える者も少なくないという。

 町長がまさにその過激派で、温厚そうに見えて実は自分が治める町の住人を犠牲にしてでも、成就させなければいけないものだったのだと。ここまで聞いて、私は何ひとつ共感することは出来なかった。


 ***


「だったら、町長がこっそり私を引き渡せば済んでいたはずじゃない。どうして町の人達が犠牲にならなくちゃいけないの」

「刺激が必要だったのさ」


 得意気に語るヴォルフラム。

 子犬のように震えていた時の方が、まだ可愛げがあった。


「現に自分の身に危険が迫った時に、力を解放させただろ? E様の力が何なのか確かめる必要があったのさ。そして確信した。あれは過去の文献を調べても見たことがない、出自不明のものだった。魔王の器に選ばれる者は、他に類を見ない力である必要がある。その点E様は完璧だった」


 褒められているみたいだけど。褒められるって、こんなに嬉しくないものなのだろうか。

 

「鬼の一族、あるいは魔族の中には、とある強力な魔法を持っている者がいると、聞いたことがある。ヴォルフラムの話から察するに、彼女の魔法は『消去』や『抹消』といったものだろう。暗黒魔法最大級のものの中に『ブラックホール』というものがあるが、それに酷似しているな」


 馬車の手綱を握りながら、ジンという男がそう付け加えた。

 私達は三人だけで馬車に乗って揺られている。他にもたくさん騎士がいたはずだけど、それは全部このジンという人が殺して始末したらしい。

 あの時の騎士が言っていたことを、彼はそのままやって退けたんだ。


『目撃者は殺すしかない』


 その言葉の通りに、彼は目撃者全てを消すことで、目撃者をゼロにしたのだ。

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