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72 「Eとヴォルフラムの物語・前編」

今回、少し長いです。番外編のようなものです。

よろしくお願いします。

 リンとの邂逅を果たし、互いにレイス先生を憂いていることを知った私達……。

 それから私は通常の眠りにつくものだと、思っていた。


 ***


 遠く、争いの音が聞こえてくる。

 爆発音、悲鳴、色んな音が聞こえてきた。私は怯えてたーーナニニ?

 見つからないように隠れるーーダレカラ?


 戦災孤児だった私は、そのまま奴隷として売られて、この町にたどり着いたけど……。結局ここも襲われることになった。最初に悲鳴が上がったのは、町の出入り口……玄関と呼ばれる門からだ。

 井戸の水汲みをしていた私は、何事だろうと建物の隅から覗き込んだら、そこには馬に乗った兵士みたいな人達がたくさんいて、何か怒鳴っている様子で、少し怖かった。

 それから町の人達が玄関に集まってきて、やがてこの町を治めている町長まで出て来た。物々しい雰囲気だったからよくわかる。ーー早く逃げた方がいいって。


 水瓶みずがめが重かったわけじゃないのに、足が動かなかった。食い入るように見ていた光景が、あっという間に真っ赤に染まる。まず町長が、馬に乗っていた兵士の持っていた槍で胸を突き刺された。

 そこから喧騒は悲鳴に変わって、町の男達は次々と手に武器を持って兵士に立ち向かった。だけど相手は戦闘訓練を受けて来てるから、町で静かに暮らしていた人達が敵うはずもない。

 どれだけ屈強な男が立ちはだかっても、兵士の中には魔術士がいた。魔術士が放つ魔法で、全身火だるまになるだけの力自慢達。やがて兵士達は馬から下りて家々を物色し始めた。

 家の中に誰もいないことを確認しているわけじゃなさそうで、物色していない家に魔術士が火炎系の魔法を放って家を焼いた。まだ住人が残っていたのかもしれないのに、兵士達はそんなことお構いなしに。最初から全員を殺すつもりで、襲撃していたのがこれですぐにわかった。


 私はやっとの思いで足を動かし、そっと水瓶を置いて身を潜める。馬から下りた兵士は、手近な者から始末していって、家の中から金目の物を漁ってから、そして火を放つ。そんなことをくり返していた。

 騎乗したままの兵士は逃亡者を出さない為に、玄関から遠い場所まで馬で駆けて馬上から槍や剣を振り下ろして、すれ違う人々を次々に殺めていく。そこに女とか、子供とか、赤ちゃんとか、そんなものは全く関係なかった。


 恐ろしくなった私は、このまま建物の中に隠れても焼き討ちされるだけだと思って、すぐそばにあった釣瓶つるべ井戸の方へ歩み寄り、井戸の横に置いてある桶をあるだけ全部、一際大きい桶以外を投げ入れた。幸いにも音はこの騒音がかき消してくれている。

 それから一つだけ残しておいた大きめの桶に縄を取り付けて、私は井戸に身を乗り出して桶の中に入る。上手くいくかどうかわからなかったけど、ここ以外に隠れても、走って逃げても、どうせすぐ捕まって殺されるだけだ。

 だから縄を力一杯握り締めながら思った、井戸の中に隠れようと。奴隷として力仕事をしていたから、自分の体重分くらいは支えられた。手が滑らないように、ゆっくり桶ごと井戸の奥深くまで降りていく。

 やがてコツンという音が聞こえて、ようやく井戸の中に投げ入れた桶に当たったことがわかる。桶全てが水底に沈むことなく、浮かんでいる桶もちゃんとあったみたいだ。

 井戸がどれだけ深いのか、井戸水がどれだけ満たされているのかわからなかった私は、ありったけの桶を中に叩き込めば、やがて伏せたままの桶の中に空気が残ったまま、だんだんとそれらが積み重なってくれるんじゃないかと考えた。

 でもこのまま投げ入れた桶と共にそのまま沈んでいくのはごめんだったので、私は縄を掴んだまま耐え忍ぶ。

 どれだけこうしていたらいいかわからないけど、とにかく外が静かになるまでは……。夜が来るまでは……。朝になるまでは……。


 しばらくすると井戸の近くに誰か来たのか、男の人の声が聞こえて来た。それも一人ではなく数人、会話をしているようだ。


「ふぅ、あらかた片付いたかな。全く、獣臭くて敵わねえや」

「獣人なんだから獣臭くて当然だろう。ここは獣人の棲家なんだから」

「それにしても、ここの奴らは存外楽勝だったな。猟師やってそうな奴は流石に手強かったが、魔術士様の魔法で一発だったけどよ」


 もう、全員殺されてしまったのだろうか。

 彼らの口振りからするに、そんな感じだけど。だったらもうすぐ町から出て行ってくれるのかな。


「どうしました、さっきからずっと黙ってますけど? 初陣で面食らいましたか、ヴォルフラム様」

「いや……」

「しっかし国王様も教育熱心なことですね。まだ齢十四の成人前だってのに、獣人討伐の遠征に出すなんて」

「それだけヴォルフラム様にはご期待されているってことだよ。なんたって持ち前のスキルの他に、剣術も魔術も人並み以上ときたもんだからな。目をかけたくなる気持ち、俺もわかるさ」

「赤ん坊が生まれたばっかだっけ? お前んとこのボウズとヴォルフラム様を一緒にすんなって!」


 笑っている……。あれだけたくさん殺しておいて、彼等はとても楽しそうに笑っていた。

 まるでさっきまでゲームをして楽しんでいたかのように、和やかな会話。だけど時々風が運んでくる血と死臭が、私に現実を知らしめる。さっきまで凄惨な虐殺があったのは、間違いなく起きた出来事なんだと。


「これは、本当に正しい行ないだったのかな」

「え? どうしたんですか、ヴォルフラム様?」

「父上は、どうしてこの町の壊滅を命じられたのか、誰か知っているか。ここに住んでいた獣人は、どう見てもただの一般人にしか見えなかった……」


 しばしの沈黙、やがて一人の男がそれに答えた。とても投げやりで、どうでもいいという風に。


「獣人だからじゃないんですか?」

「え……、それだけの理由で……?」

「何でもこの町の獣人は、人間を奴隷にしてコキ使ってたって話ですよ。それだけでも十分死刑でしょ、死刑」

「獣人イコール邪教信者ですよ。邪教宗派は根絶やしにしろ、ってのが国王命令なんですから」

「根拠は? いくつか家の中を見てみたが、邪教を崇拝しているような祭壇とか、そういうのは何もなかった」

「隠れ信者とかですよ、きっと」


 邪教を崇拝している、というのはこの町に奴隷として来てから、一度も見たことがない。

 人間相手に見せるものじゃないのかもしれないから、ただ私が知らないだけかもしれないけど。少なくとも、そういった話も、物も、何も私は見聞きしていない。


「そこで何をしている?」


 さっきまでの会話の中にいなかった声がした。少し高く、神経質そうな喋り方だ。


「掃討作戦が終わったのなら早く本陣に戻れ」

「へいへい」

「……なんだ?」

「何でもありませーん」


 ふざけた口調の男達に返事をすることなく、神経質そうな男はどこかへ行ったみたいだ。


「全く、俺達だけで十分だってのに。何だって国王陛下は今回の掃討作戦に、暗部の連中まで同行させたんだか」

「ジン……何だっけ? 暗部の中でも有能らしいな、あいつ。暗部ってのはみんな、あんなに根暗な奴ばっかりなのかよ。あんなのが同僚だって言われたら、俺なら発狂するね」

「言えてる」


 それから「やれやれ」といった雰囲気の中、彼等の足音が遠ざかっていくのがわかった。

 よかった。このままもうしばらくここで隠れていれば、私は生き延びることが出来る。


「……っ!」


 突然縄が引っ張られて、私が入っていた桶がみるみる上へと上がって行く。誰かが縄を引いて引き上げているんだとわかった時には、もうすでに上を見上げると、井戸の向こうに見える空から一人の男が顔を覗かせていて、しっかりと目が合っていた。


「やっぱり。鶴瓶井戸があるのに、桶がひとつもないのはおかしいと思っていたんだ」

「さすがヴォルフラム様、でかしましたね」

「いや……」


 引き上げられた私は、地面に投げ捨てられて彼等に見下ろされる。怯えて震える私に、彼等はにやにやとした顔で見て来た。その中でも極めて若い、少年が私のようにビクビクとした表情で私を見ている。

 赤いサラサラとした髪、肌は日に焼けているけど、きっと地肌は白いんだろう。腰に帯びている剣を使っていないのか、周りにいる男達と違ってこの少年だけは一滴も返り血を浴びていない。綺麗なままだった。


「おい、この娘の額を見てみろ。ツノがある。魔族か!?」

「まさか、ツノだけで判断するなよ。鬼族にもツノはあるだろうが。こいつは鬼の娘かなんかだろ」

「お嬢ちゃん、名前は?」


 奇異な目で見つめられながら、名前を聞かれる。だけど私に名前なんてない。付けられたことがない。孤児院の院長によれば、私は戦争のゴタゴタの中で産み捨てられてて、それをどこかの親切な騎士が拾って孤児院に預けたのだという。

 孤児院の人達は、私の額のツノを見て嫌悪感を露わにしていたけれど、異種族を擁護する目的で創設された孤児院だけに、無碍にすることは出来なかったみたいで、なんとか置いてもらえてた。でもすぐ獣人に奴隷として買い取られてしまったけれど。

 これが名前になるのかどうかわからない。でも孤児院ではその単語で呼ばれてたから、そう答えるしかなかった。


「イビル……」


 額にツノがあるというだけで、邪悪だと決めつけられて、それで付けられた名前。私はその名前が嫌いだった。でも今は少しでも長く生き延びる為に、嫌いでも名乗るしかない。


「イビルぅ? ふざけた名前だな」

「名付ける気がなかったんだろ。奴隷としてここにいる位だからな」

「鬼族も一応、異種族……だよな?」


 沈黙が走る。私の心臓の鼓動が早くなった。

 あぁ、結局このまま殺されるんだ……。

 目の前に立っていた男が、腰に帯びた剣を鞘から引き抜いて、一刀両断するように剣先を天高く構えた。


 そして、私の顔に血が飛び散る。

 目の前で水風船が破裂したように、バシャリと顔にかかった血が、剣を構えた騎士の物だと理解するまで数秒遅れた。男の背後には、さっきまで震えていた少年が、一度も使っていなかったはずの剣を男の腹に突き刺していた。

後編へ続きます。

次回もよろしくお願いします。

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