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71 「メリーバッドエンド」

 リンと会って話して、初めてどんな女性なのかわかった気がした。

 そして私とリンは、恐ろしい程によく似ていたこともわかった。レイス・シュレディンガーという男性のことが、どれだけ好きなのか。

 最初はとてつもない程の憧れから始まり、やがて親近感が湧き、そして愛情へと至る。

 その愛情は決して「相手と結ばれたい」という私欲からではなく、あくまで「彼の幸せ」のみを願うものだということも、私とリンの考えは酷似していた。

 私とリンが同調するはずだ。これほどの深い想いも、好きな人も、全てが一緒……繋がっていたから。

 ただひたすらに「レイスという男性の笑顔を守りたい」という想いだけで、自分の全てを懸けられる人間はきっと私達しかいないと、今なら断言出来る。

 不思議と私は……、いつの間にかリンへの嫉妬心が薄れていることに気が付いた。

 それはきっとリンがあまりにも、自分と同じだったからかもしれないから。私と同じ気持ち……、リンが私のことを同志と呼んだ意味が、今ならわかる。

 

「私はリンの願い通り、レイス先生を救いたい。でも……、話がどんどん私の知っているものと離れていってしまってるの。学園長はいくらでも相談に乗るって言ってくれてるけど、私は……これまでとは全く違う展開に持っていくしか方法がないと思ってる。それをリンに聞いてもらいたい……」


 私は覚悟を決めたように、決意したように、真剣な眼差しでリンの返事を待った。

 これはきっと、私がプレイしてきた『ラヴィアンフルール物語』では有り得ない展開、あるはずのない選択肢だから。それを選べばきっと、これから先は本当に私の予想もつかない方向へと話が進むことだろう。

 でも他に打開策がないから……。

 

「そう、決めたんだね……。自分が魔王として、邪教宗派側につくことを……。でも本当にそれでいいの? せっかくレイス君と想いが通じ合ったんじゃなかった? レイス君も……、今なら自分の気持ちに素直に行動してくれると思うんだけど」

「元々、私はレイス先生と結ばれたくてE・モブディランとして生きてきたわけじゃない。根本は何も変わってないことに気が付いただけ。私はレイス先生の幸せな未来を確定させることが出来たら、それで幸せなの。レイス先生の幸せが私の幸せ。だから、私はこのままここにいちゃいけないって考えたから……」


 なぜそれがいけないのか、という表情でリンが見つめてくる。

 リンは知らないだけだから。私は嫌というほどゲームをプレイしてきたから、よくわかるだけ。


「多分、レイス先生に定められた未来は、メリーバッドエンドしかない」

「メリーバッドエンド?」


 物語において、主人公にとってはそれが最善の……幸せだと思う結末だとしても、その周囲の人とか……例えばゲームプレイヤーといった読み手からは、決して幸せとは思えないーーという結末。

 他の攻略対象達にはグッドエンドとバッドエンドの両方が用意されていて、それらはちゃんと読み手からも幸せだと思える結末と、不幸だと思う結末という風に……しっかり二分されていた。

 だけど先生ルートだけはなぜかベストエンドと呼ばれる結末でさえ、本人達が一方的に幸せだと思ってるだけで、読み手からはただの不幸な結末にしか感じられないものだった。

 どんなにプレイしても、あらゆるパターンの選択肢を選んでも、絶対に万人が受け入れられるようなハッピーエンドが用意されていなかった。

 つまり……。


「仮に今の先生にとってのハッピーエンドが全ての問題を解決した後に、私と結ばれるものなんだとしたら。きっとそのルートを突き進むに従って、必ず何かしら綻びが生じて、絶対に受け入れ難い不幸なことが起きると思われるの」

「だからあえてあなたが魔王となることで敵側に付いたりしたら、それこそレイス君から笑顔を奪うことになるんじゃないの? 本末転倒よ。最善とは言えない。それなら学園長が言ったように、聖女と魔王がこちら側についていた方がまだ邪教宗派相手に有利だと考えられるわ」


 そうだね、自惚れているかもしれないけど……。優しい先生のことだから、きっとこんな私相手でも……悲しんでくれると思う。いや、今だったらむしろ悲しむ前に怒り狂うかもしれない。「何バカなことやってるんだ、モブディラン!」って言って、私のことを叱ってくれるかも……。


「あのね、リン。私はただ魔王として敵になるわけじゃないよ。そもそもなぜ邪教信者は、魔王を崇拝してるの? 崇拝して、魔王に何をしてもらいたいと思ってる?」

「え? それは……、創設当初は確か……異種族差別の撤廃の為、でしょ? どんなに働きかけても人の心を動かせるに至らなかったから、過激派は魔王を崇拝することでこの世界の人間を滅ぼして、異種族だけの世界を作り上げようとしていた、とかじゃなかったかしら?」


 そう、昔は異種族の代表とも言える、破壊と再生の女神エルバを崇拝することが、ほぼ全ての異種族の信仰だった。逆に人間達が信仰しているのは、世界樹そのもの……。世界から邪悪な存在を一掃して、人間に永遠の安寧を約束してもらうという、世界樹イグドラシル信仰。

 この二つの信仰は相反していて、決して交わることがなかった。思想が正反対だったから。

 テレビの評論家も言っていた。

 戦争の始まりはいつも、思想の違い……、宗教が絡んでいると。

 自らの信仰する神を絶対のものとし、それに反する者に自分達の信仰こそ絶対なのだと知らしめる為に、戦いが……戦争が起きる。思想の違いが、考え方の違いが、価値観の違いが、争いを生むんだと。


「だから私は魔王となって、邪教信者の指導者になろうと思う。もちろんそこには、レオンハルトが立ちはだかるわ。でもレオンハルトが信仰している者は魔王なんかじゃない、リン……あなたよ。饒舌なレオンハルトならきっと邪教信者をいいように言いくるめて、私が魔王として君臨するのを阻止するはず。でも本物の魔王に敵うわけがないわ。魔王はあらゆる者から寵愛を受ける存在なんだもの! それはレオンハルトのカリスマをも凌ぐはず! ……と信じたい!」

「ちょっと、最後の声が小さいわよ! 一番大事なところじゃないの!?」

「……正直、自信がない」


 ただのキモオタな私が、魔王として多くの邪教信者を言いくるめるような二枚舌なんて持ってない。

 でももしかしたら魔王としての特殊なステータス【寵愛】を持ってすれば、それも可能になるんじゃないかと思った。だってこれ、私が特別何かしなくても勝手に周囲の好感度が上がっていくみたいなんだもん。


「色々考えたけど、ゲームと全く違う方向へシフトチェンジするには、やっぱり私が魔王となって邪教宗派と王国との戦争を避けるのが、一番最善だと思われるの。でもサラを聖女として覚醒させるのは、どうしても避けた方がいいと思う。聖女として覚醒してしまえば、ゲームシナリオの前提中の前提である『世界樹イグドラシルと共に眠りにつく』というフラグが発生してしまう。そうなったら……、みんなサラの為に戦わなくちゃいけなくなる。もしかしたら相手が邪教信者ではなく、イグドラシル信者になるかもしれない。そうなったらもう本当に手がつけられない」


 しっかりプランを立てたことじゃないから、未来がどう転んでいくのか見当がつかない。

 あれもダメ、これもダメばかり。正解なんてないんじゃないかって思うくらいに。かつて私が、先生が本当に幸せになるルートなんてないんじゃないかって、コントローラーを投げた時みたいな。

 

「とにかく、色々試していくしかないのよ。セーブとロードを繰り返して、やり直すことが出来ない以上。取り返しがつかなくならないように……」


 頭の中がごちゃごちゃになる。

 魔王になったところで、上手く行くことなんてないかもしれない。

 それでも、私がこのまま学園に居座る理由が見つからない。

 私が魔王として転生したというのなら、きっとそこに何かがあると思うしか……。

 

「なぎこって、呼んでいい?」

「え?」


 リンが私を抱き締める。

 爽やかな、柑橘系の香りが漂って、とてもいい匂いだ。

 温もりも、鼓動も、吐息も、ちゃんとある。

 こんなにも……、リンの命が感じられるのに……。


「なぎこがこんなにも頑張っているのに、私……勝手に諦めてた。出来ないって、そこまで万能じゃないって言ったけど、違う……。ちゃんと出来るまで、試そうとしてなかっただけ……」

「リン……」


 体を少し離して、向かい合う。

 愛らしくも美しい顔が目の前にあった。

 眼は涙で濡れて、それがまたリンの瞳をキラキラと輝かせている。

 本当に綺麗だ……。

 レイス先生やレオンハルトが、心を奪われるのがよくわかる。

 彼女の魂は、とても美しい。


「もう一度、試してみるね。私がレオンハルトを、説得してみせるから」

「リン……っ!」


 もしそれが叶うなら、可能に出来たのなら……。

 リンはきっと真っ先に……、レイス先生に会いたかっただろうに……。

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