69 「リン・ワーグナー」
毎日投稿しなければ忘れられてしまう、という恐怖と戦いながら書き上げました。
今回は少し長いです。すみません。
でもきっと面白いはずなので、どうぞよろしくお願いします。
ついさっき、先生とあんなことがあったから、てっきり眠りにつくことが出来なくなるのでは? と思っていたけど、とんだ杞憂だった。
私は瞬く間に眠りに落ちる。何を隠そう、私はものすごく寝付きがいいからだ。どんなに環境が変わっても、自分でも相当な順応力と思える程に、私はすぐに適応してどんな場所でも寝ることが出来た。一種の特技みたいなもの。
だから、リンとはすぐに会うことが出来た。
***
殺風景な部屋だった。
四方八方、床や壁、天井に至るまでの全てが真っ白い世界……とでも表現すべきか。とにかく少し目が痛くなる程、私が今立っている場所は、全てが純白に包まれている。
もし自身の深層世界を象ったものなのだとしたら、むしろ真っ黒になるのでは……と思ったり。そう考えたら、もしかしたらここはリンの深層世界を象ったものかもしれない。それなら悔しいが、合点がいく。
私達プレイヤーがイメージするリンとは、そういった偶像のようなものだから。
広く真四角な白い世界に、ただ一つあるドアがノックされた。
聞き慣れたノックの音ではなく、甲高く響くような、鐘を打つような。ーーそんな音だった。
「はい……、どうぞ……?」
一応声をかけてみる。
覗き穴とかがないから、誰がノックしたのか確認することが出来ないけど。こういった状況なら、きっとノックをした相手は……リン・ワーグナーなんだろうと思った。
そしてカチャリとドアが開かれる音がして、そのドアの向こうに……あちらの世界では、画面越しで何度も見た少女が姿を現す。
その少女は微笑みを湛えていた。
細くて長い綺麗な金髪はミディアムボブで、動く度にサラサラと踊るように髪の毛先が揺れている。
肌はとても白く、象牙のように美しかった。庇護欲をそそられそうな、整った顔立ち。エルフは切れ長な瞳のイメージだけど、リンの瞳は大きくて少しばかり幼さが見え隠れしていた。
私の目の前まで歩いてきたリンは、思っていた以上に小さくて細っこい体型だ。下手したら私よりも華奢なんじゃないかと思うレベルで。そう見えたとしても、リンは体術が比較的得意な方だ。幼くて華奢な少女に見えても、大の男と素手で戦ったらリンの圧勝となる。
とてもそうは見えないリンが、またにっこりと微笑む。私は、実際には初対面のリンにつられて笑顔を作るが、どうしても顔がひくひくしてしまう。
「初めまして、かな。私はリン・ワーグナー。よろしくね。……もしかして緊張してる?」
「はぁ……、まぁ……」
イメージ通りの外見。そりゃゲームの公式キャラ設定画で、何度もお目にかかってはいるけど。純真、清廉潔白、凛とした佇まい、高貴という言葉が何より似合う、そんな彼女を前にして緊張せずにはいられまい!
カチコチになってる私を見てクスクス笑ったかと思うと、突然私の肩に両手を置いた。
「ずっと会いたかったの。私の同志に!」
「……へ?」
何を言ってるのかと思った。でもそんな私の戸惑いにも共感しているのか、うんうんと大きく頷きながら続ける。
「まぁ、あなたからしたら何のことだかわからないわよね。でも私はずっと見てきた。何もかも全部ってわけじゃないけど、あなたがこのラヴィアンフルールの世界に来る前から。学園長との話だって、私は一緒に聞いていたのよ」
えっ? えっ? ちょっと待って、何それ怖い! 監視!?
「監視ならあなたも、レイス君にしてたじゃない」
「えっ、ちょ……! 今の声に出てた!?」
「ううん、出てないけど。だってここは夢の中……、つまりあなたの意識の中だから。あなたが心の中で思ってることは全部、私に筒抜けなだけ」
ヒェッ!
「驚くのは無理もないけど……。あなたの日常を時折垣間見てきた私は、もう随分とあなたの心の声を聞いてきたから。今さら隠そうとしなくてもいいのよ」
そう言いながら「やれやれ」という仕草をするリン。
……って、もしかしてこれもリンに筒抜けってこと? 何それ、やりづらっ!
「やりづらいのは、もう仕方ないと思って諦めてね。そんなことより、夢の時間は限られているから。あなたに大切な話をする為に、私はこうしてあなたのステータスにあるライブラリに、このことを追記した。それもレオンがロックをかけてしまっていたけれど……」
かつての友がそんなことをした、と思うとどれだけ辛いことだろう。
寂しそうな表情をするリンに、私はどう声をかけたらいいのかわからなかった。
「でも学園長がアンロックしてくれたから、それはもうどうでもいいけどね。さぁ、すぐに本題へ行くとしましょう! 時間は有限!」
な、なんだろう。なんかリンのイメージが……?
そんなことよりも本題か。
「ライブラリに残す程のメッセージって、一体どういった話なんですか?」
「あなたが聞きたいことを教える為の場を作りたかった目的と、私があなたにどうしてもお願いしたいことを直接話せるように、こういう場を設けたかった。でもその為にはあなたからのアクセスがないと、私だけの力じゃどうしようもなかった。だってあなた……、基本的に夢を見ないで熟睡するタイプだなんて思わなかったんだもん」
「いや、そう言われましても……」
それは、もうどうしようもない問題じゃございませんか?
「そうね、どうしようもないからこうして残した。ここまでいい? それじゃまずは私から一番伝えたいことを、先に伝えておくね」
「は、はい」
リンは真っ直ぐにその瞳を私に向ける。
そして切実そうに、懇願するように、その言葉を口にした。
「お願い……、レイス君を救って……」
その言葉に私は察した。
あぁ……、リンは知っているんだ。レイス先生の結末を……。
私がこの世界に転生する前から、私のことを見てきたと言っていた。そして学園長との会話も。そのことに関しては、また後で。どういうことなのか改めて聞くとして、もしその話が本当だとするなら。
リンはレイス先生がどういう末路を辿るのか、どうなってしまうのか、それも全て知っているんだ……。
そうでなければ今この段階で、レイス先生を救ってだなんて言葉が出るはずがない。
今はまだ、レイス先生にとって不利な状況は起きていないのだから。
ヴォルフラムに片目を奪われ、なおかつスキルを弱体化させられていない、今の段階では……。
「もちろん、私はそのつもりで動いて来た。でも……、それがどうして私なの?」
「あなただけがこの世界の、レイス君の未来を知っているから。そして私と同調出来たのが、唯一あなたしかいなかったから」
「私……だけ?」
驚く私にリンは、ふっと小さく息を吐くと、覚悟するようにつぶやいた。
「そうね、あなたに向かって『隠そうとしなくていい』だなんて、私が偉そうに言うことなんて出来ない。どうして私があなたとだけ同調出来たのか、それを話すには私の本性も……。もう包み隠す必要がなくなるものね」
え、本性とか。
その言い方だとめちゃくちゃ怖いんですけど、何が始まるの?
怯えながらも構える私に、リンは突然気の緩んだ顔になった。さっきまではまるで、聖女のような微笑だった顔がみるみると、たるみにたるんで……。リンのIQが40位減ったような顔になる。
私は大口を開けて驚愕した。
するとリンは「てへっ」というように、片手を後ろ頭に持っていき、改めて挨拶をする。
「これが本当の私。誰よりもレイス君のことを英雄だと思ってる、ファン第1号です!」
「……え」
「鈍いなぁ、だから! 私もあなたと一緒で、レイス君のことを誰よりも愛してる大ファンってこと! あなたの世界では英雄って表現じゃなくて、推しって言うのよね」
「えと……」
「もうすでに知ってるとは思うけど。私が一番辛かった時期に、私のことを助けてくれたのがレイス君。あれから私はずっとレイス君だけを見て、レイス君のことしか考えられず、レイス君のことしか耳に入らず、レイス君だけを追いかけ続けた。だから私にとってレイス君が全て! レイス君こそ至高! レイス君だいしゅき愛してる!」
「ちょ、待……っ!」
「だからレイス君と離れ離れになったのは、身を裂かれるような思いだったけど、……いや実際には死んでるんだけど。それでも魂だけの存在になっても、私はレイス君がただ幸せになる未来だけを願ってきた! でもあなたと同調したことで、全てを理解してしまったの! レイス君の未来は、今のままじゃダメなんだって! だから私はあなたに接触しようとした。私と同じように、自分の幸せよりレイス君の幸せを切に願っている、そんな強い心の持ち主を! 私と同種のレイス君ファンを! 私と同等レベルの」
「ああああ! わかったから、ちょっと待って! 落ち着いて! 私これ知ってる! 私もよくやるからわかる! オタク特有の早口だ! わかった、あんたは私と同じ拗らせオタクだってことなのね!? いやあああ!」
そういえばゲームでリンが登場する場面は、常に回想場面だけだった。だから詳しく書かれていない公式のキャラ設定では、キャラクター像が不十分だったから……。ファン達はこぞって、自身のイメージを二次創作で書き上げてた。
自分達のイメージする、リン・ワーグナーを。
自分達が「きっとこうなのだろう」という、一方的なキャラクター像を勝手に作り上げてきた。
私達が勝手にイメージしていたリン・ワーグナーとは、純真で、清廉潔白で、凛とした佇まい、高貴というイメージを持ったキャラクターなんだと、そう信じて疑ってもいなかった。
だから私の知るリンは、本当のリンじゃない。
本当のリンは、レイス先生狂いの強烈な拗らせオタクだったんだ……っ!
みなさんが思い描いていたリンは、どんな感じですか。
次回もよろしくお願いします。




