67 「根深い嫉妬心」
あらゆる場面でチラついてきた、リン・ワーグナー。
でもそれはあくまでレイス先生達にとって大切な女性であり、悲劇の発端となる重要人物として登場していたに過ぎないものと思っていた。
だから私にとって全くの無関係な人物だと、そう思っていたのに。
「ど、どういうことですか? どうしてリンが……? あり得ないです」
「あり得ないことではないのだよ、E君。さっきのキミの話にもあったじゃないか。リンは魔王召喚によってその体を乗っ取られた、と」
「言いましたけど……。でもこの体はE・モブディランのものであって、リンとの接点は何も……」
言ってから思い出す。
レオンハルトが言っていた、ある言葉を。
『本来魔王は、輪廻転生の輪の外にいる存在』
『しかしリンの魂が混ざったことで、輪廻の輪の内に入ってしまった』
『魔王の魂の中に消化されてしまった、ということか』
「まさか、私の魂とリンの魂が……混ざり合ったとか、そういう?」
嘘でしょ。
何よ、それ。
そう結論付けようとした私を止めるように、学園長は「いや……」と一言。
「というよりむしろ、同調したのではないかと儂は考えておるのじゃが」
「同調? それはどういう……」
「儂から聞くより、本人に聞いた方が早いだろう」
え……?
ちょっと、話が見えなさ過ぎてついて行けないんだけど。
「まずはE君にかけられている、あらゆるロックを解除した方がよさそうだな」
学園長はちょいちょいと手招きして、私は椅子から立ち上がり、身を乗り出すように書斎机に手を突いた。
すると今度はどんな『絶対服従』をするのか、内心ハラハラしながら両目をつむる。
「これはスキルというより、解除魔法だよ。それでも、これだけ厳重なロックは見たことがないな。恐らく小手先が器用なレオン君辺りが施したんだろうよ」
まるで額に手のひらを当てて体温を測るように、学園長の小さな手が私の額に当てられる。
最初は本人の体温が手のひらから感じられて、それからゆっくりと熱が増していく。温めた蒸しタオルを額に当てられているような、でもそこまで熱くはない、程よい温かさ。
ジン……とわずかに頭の表面が痺れるような感覚がして、それからまたゆっくりと痺れが消えていく。
「ステータスを開いてみるといい」
言われるがまま私はステータスを開く。
よくわからないけど、ロックを解除したということは、私がついこの間発見したロック場所を思い出し、そこを覗いてみる。
ステータス【寵愛】の説明文にあったロック部分が、確かに解除されていた。
「あの、一つは発見出来たんですけど。まだ他にロックされているものがあったんでしょうか?」
「記憶ライブラリという項目があるだろう」
あぁ、ゲーム内にもあったイベントや過去の出来事を、アーカイブとかライブラリでもう一度確認出来るやつ。
こんなものまで再現されていたのね。
でもさすがに全てを完璧に網羅されているわけじゃなさそう。
私の記憶から抜け落ちている出来事などは、もう無くなっている。
多分私自身が思い出すか、ギルや学園長のスキルを使えば復帰させることが可能なんだろう。
そこまで完璧とはいかなかったか、ステータス画面。
「ライブラリ……、あ……。なんだろう、このタイトルは明らかに私のものとは違う気がする……」
「何て書いてあるんだね」
「えっと、……『先代魔王リンからのメッセージ』、とあります……」
「ふむ、概要欄のようなものに何か補足されていないかね」
「……このメッセージを選択してから眠りにつくと、一度だけ夢の中でリンと接触出来るみたい、です」
なんだろう。
こんなことを言ったらきっとダメなんだろうけど、なんていうか……すごく不快だ。
どうして私だけの情報の中に、リンが存在しているの?
もうこの世にいない過去の人でしょ?
こんな風に後からほいほい出て来られたら、忘れられるものも忘れられなくなるじゃない。
もし先生が知ったら、リンに会えるかもしれないとわかったら……だなんて、無駄なことを考えてしまう。
私の方がもっとずっと割り切れていない。
よくある流れとも言える。
実はリンの生まれ変わった魂が私とでも?
そんな陳腐な設定、納得出来るはずがないじゃない。
私は私、リンじゃない。今さら私の正体はリンの転生した姿でした、なんて言われて喜べるはずがない。
むしろそんなものは願い下げだ。
私とリンは全くの別人であって、恋のライバルであって、もうすでにこの世にいない過去の人なんだから。
私の複雑そうな表情で、察しのいい学園長は勘付いたんだろう。
憐れむような微笑みで諭してくる。
「キミはリン君のことが嫌いかね?」
「……嫌い、というか。先生の想い人ですから……。みっともないただの嫉妬ですよ……」
そうだ、これは嫉妬だ。
私は今もなお、リンに深く嫉妬しているんだ。
レイス先生だけじゃなく、私の心にまで深く強く残った存在……。
「まぁ、まずは今夜。試してみたらどうだね。何か行動を起こしておかないと、また後手に回ってしまうかもしれないだろう。何かあったら我々学園側も、騎士団も、キミを精一杯守るから安心おし」
「……ありがとう、ございます」
「そんなに深刻になることはない。むしろ魔王が我々の側に付いたのならば、これ程心強い味方、いないではないか」
え? それは、考えたことなかった、かも?
「キミの言うことが事実起こるのであれば、聖女サラ君も、魔王E君も、こちら側にあるのだ。これ以上ない組み合わせだとは思わないかね」
この人は……。
頭がいいというか、ポジティブ思考というか。
どちらかに転ぶしかないと考えていた私に、随分な逆転の発想をしてくれる。
「もっと気楽に考えよう。これからは一人で悩まず、いつでも儂に相談するがいい」
「ありがとうございます。あ、でも学園長って秒単位でお忙しいと聞いたんですけど、大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、そのことか。ハイエルフは時間の流れの感じ方が、人間のものとは若干のズレがあるのだよ」
「……というと?」
こほんと軽い咳払いをして、学園長は堂々とした態度で言い切った。
「のんびりお茶の一杯を飲んでいたら、気が付けば五時間くらい過ぎていた。なんてことが、ザラというわけだ」
「本当の意味でのスローライフを楽しんでいたってことですね」
なんだ、それなら居場所さえわかっていればいつでも暇してるってことよね。
安心したというか、なんというか。
気が抜けた私が学園長を見やると、にんまりと微笑んでいる顔と目が合った。
「どうだね。しっかり腹を割って話せたかね?」
「まぁ、そう……ですね。思ったより怖くない人だとわかって、安心しました」
「それはどういう意味かね。これでも人好きされやすい姿形にしたつもりだが?」
「幼女の外見は作ってたってことですか!?」
むふ〜と笑いながら、今度は胸を張ってドヤ顔する。
「この姿の方が油断するだろう? 何をされても可愛いで許されてしまう、完璧な外見なのだよ!」
でも性格の悪さは全く隠せていませんでしたけどね。
これはさすがに口には出さず、女子会という名の面会を終えた私がドアノブを回した瞬間。待ってましたとばかりのレイス先生がドアを開け放ち、私の無事を目にして安堵していた。
泣き腫らした私の目を見て学園長を責め立てようという意気込みだった先生を引き留め、理由を説明し、納得してもらってから私達はその場を後にする。
帰り道、ふと先生の横顔を覗き見た瞬間に私の脳裏にリンの顔がチラついた。
私はそれに反抗するかのように、見せつけるように、先生の手に自分の指を絡ませる。先生がそれに応えるように、互いの指を絡ませたまま、学生寮まで歩いて行った。




