66 「本当のこと、全てを」
正直、ゲーム内でほぼ登場したことがないから知らなかった。
せいぜい全体朝礼とか、長期休暇前の挨拶とか、そういった行事にちらりとだけ登場したに過ぎない。
そんな学園長フレイヤ・モルガンのスキル『記憶改竄』、名前を聞いただけでそれがいかに恐ろしいスキルなのか直感でわかる。
「見ての通り、儂が三人の額に触れたことによってスキルは発動されたのだよ。記憶を抹消させたのは、儂が登場した直後からだ。だから彼等はこの部屋に呼ばれて、すぐに追い出されたと思っている。キミの知られたくない回答を彼等は、何一つ覚えていないから安心したまえ」
圧倒的存在感というのか、いつもならこのままツッコミなり文句なり言っちゃうところがあったんだけど。
それはあくまで相手がどういう人物か、多少なりとも知っていたからであって。
どんな性格なのか、人となりがわからない相手に対して、下手に強めのツッコミして手痛い仕返しをされるのは、ちょっと願い下げというか。
私が学園長との距離を測っているのがわかったのか、人畜無害そうな笑顔を見せてくる。
多分それ、獲物を確実に仕留める為の甘い罠にしか見えないですが。
「お互いに腹を割って話をしようじゃないか。キミの話に、儂はとても興味があるのだよ」
「興味……、ですか?」
あのろくでもない、意味もなさそうな質問内容考えたのはあなたですよね?
警戒するに十分過ぎる情報を与えたのは、そっちですからね。
それでも私は頷いて、書斎机の前まで椅子を持って行き、向かい合わせに腰掛けた。
こうでもしないと話がいつまでも進まない気がしたから。
「よしよし、いい子だね。それじゃあ、キミのことはサカモトナギコと呼んだ方がいいかね? それともモブディラン嬢? ジーク君のようにモブちゃん、とでも呼ぼうか」
「いえ、あの……、今後のこともあるので。とりあえずモブディランでお願いしたいのですが」
学園長が凡ミスするようなキャラには見えないけど、何かの拍子にみんなの前で本名呼ばれたら恥ずかし過ぎる。
「長いな。E君でいいだろう」
そっちから聞いてきたのに!?
結構最初からだけど、このハイエルフロリババアと話していたら調子を崩されて仕方ないっ!
「あの、その前に確認したいことが……」
「ん? なんだね」
「学園長のスキルは『記憶改竄』だと聞きましたが、ギルに……、ギルバート君を屈ませた時……、あれはどう見ても何かしらの能力を使っていると思うんですが。あれは?」
「よく見ているね。あれは相手に任意の命令を下して従わせる『絶対服従』というスキルだよ」
こっっわ。
記憶改竄といい、絶対服従といい、穏やかじゃないスキルを二つも持ってるなんて。
さすが何百年も生きているハイエルフ。
下手したらレオンハルトや魔王なんかより、よっぽどこの人の方が恐ろしいのでは?
にっこりと無邪気に微笑んではいるけど、中身は何百歳というおばあちゃんなんだよね。
私がこの人に本能的に逆らえない理由……、わかった気がした。
きっと私なんかより魔力の量が桁違いなんだ。
保有しているスキルと、その強さが物語っている。
魔力の強さや質によって保有するスキルが大きく分かれる。
だからこの人のスキルは、これ程までに圧倒的な強力さを表しているんだ。
「話の腰を折ってすみません。その、本題に……」
「あぁそうだ、年寄りの話は長い上によく脱線してしまうからね。単刀直入に聞くとしようか。また脱線でもしたら敵わん。もしかしたら痺れを切らして、追い出した男子共がダイナミック入室して来ないとも限らないし」
「学園長!?」
また長くなりそうなので、思い切り折ってやったらケタケタと笑い出した。
何なんだこの人は。だから全体朝礼の話が長くなるんでしょうが。
「すまんすまん、えぇっと……何だったかな? あぁ、そうだそうだ。キミ、魔王なんだってね」
ド直球!
それはあまりに単刀直入過ぎやしませんか!?
ビビるわ!
「警戒しなくてもよい。キミに宿る魔力が、すでにそれを物語っている。こうしてキミと直接対面して、すぐにわかったよ」
「あの……、捕まえたりとかは……」
「キミは大事な我が校の生徒だ。そのようなことはしないと儂が約束しよう。それにキミの愛しいレイス君とも、そういう約束を交わしているからね」
うっ、本当に痛いところを突いてくる。
でも……、この人からは悪意とか殺意を感じない。
魔力の強さで圧倒されてはいるけど、それとは別の……嫌な感じはしないから、少しは安心出来そう。
「さて、キミに教えて欲しいことは山ほどあるのだが。その前にキミの方から何か聞きたいことはあるかね」
突然そう言われても……。
質問なんて特に用意してないから、すぐに思い浮かんだりは……。
「学園長……」
「何かあるのかね」
「その……、どうして私が魔王なんでしょう。さっきの質問でも答えたように、私はこことは異なる世界からやって来た、ただの一般人です。魔法もスキルも……何も使えない、戦闘経験も無ければ、特殊な才能もありません。なのにどうして……」
こんなこと、この人に聞いても仕方ないのはわかってた。
でもどうしても誰かに聞きたかった。聞いて欲しかった。
私の本名がサカモトナギコだと聞いても、本当の年齢を聞いても、この世界の人間ではないことを知っても、魔王だとわかっても、この人はずっと笑顔のまま驚きもしなかった。
だからこの人なら、私の話を聞いてくれると思ったんだ。
誰にも話せない、話しても理解されない、ずっと溜め込んで来た悩みを。
人生の大先輩でもあるこの人なら、答えはわからなくてもバカにしないで話を聞いてくれるかもしれないって。
学園長は椅子から降りて、私の側までトコトコ歩いて来ると、その小さな手で私の手を包み込んだ。
すぐ近くで柔らかく微笑む少女の顔は、まるで無害な天使のように見える。
「ずっと、不安でたまらなかったんだね」
「……っ」
「この世界に来てから、誰にも打ち明けることが出来ずに、ずっと一人で抱え込んで来たんだろう? それはとても辛いことだ。誰にも悩みを打ち明けられないということは。孤独は、自分でも気付かない内に心を蝕んでいく。それでも、闇に身を委ねることなく、他の生徒達やレイス君の為に、ずっと一人で戦ってきたんだね」
鼻の奥が、ツンとして来る。
目頭が熱くなって来る。
「キミは、とても強い子だ。なかなか出来ることじゃない。だから、今だけは溜め込んで来たものを、全部吐き出していいんだよ。儂がそれを全部、受け止めてやろう」
「ふぇえ……っ!」
ダメだ、涙腺が崩壊する。
何でも喋っていいんだね?
全部言ってもいいんだよね?
もう、隠さなくて……いいんだね?
私は幼女の前で情けない位に泣きながら、嗚咽を漏らしながら全てを吐露した。
この世界が『ラヴィアンフルール物語』というゲームから生まれたということも、私はそのゲームをプレイすることでこの世界の結末を知っていることも、本当に全部……、何もかも。
最初はゲームに関することだけは伏せようと思った。
でも、私はこの人を信じたから。
だから私もこの人に信じてもらえるように……、本当のことを包み隠さず話した。
魔王の器になることを望んだ、E・モブディランという少女が邪教信者の手によって儀式を行ない、私という存在の魂がEの肉体に転生したこと。
今では私が知っているゲームのシナリオとは、全く違う展開が起きていること。
私の身に起きたこと、私がゲームを通じて知っていること、全てを泣きながら話した。
本当は心のどこかで呆れられてたらどうしようとか、話を聞こうとしたのが間違いだったと憤慨されたらどうしようとか、そんなことばかり考えながら。
それでも私はありのままを話すしかなかった。
もう自分でもとっくに限界が来てたんだと思う。
先生を救いたいと思って始まったE・モブディランという人生が、こんなにも複雑で、どんどん悪い方向へと向かって行くなんて想像もしてなかったから。
根本を知らなくちゃ力になってもらえない。
だからサラにも、ウィルにも、エドガーにも、ルークにも、先生にも……。
誰も私の話を最初から最後まで信じて聞いてもらえると、全く思えなかった。
笑われるのが怖かったから。嫌われるのが怖かったから。頭がおかしいんじゃないかと思われるのが怖かったから。だから私自身が、誰のことも信じていなかった。
一通りを話して、私は渡されたちり紙で思い切り鼻を噛んだ。
学園長は私が落ち着いてきたことを確認すると、またよしよしと背中を撫でて、書斎机の椅子へと戻って行った。
ちょこんと座って、腕を組む。
流れるような細い金髪を指に絡ませ、くるくると弄る。
それから「う〜ん」と唸るような声を漏らしてから、難しい顔をしながら爪を噛み出した。
そしてまた腕組みをして、机を軽く叩く。
「よし、話はわかった」
「わかったんですか!?」
自分で話しておきながら驚く。
私が目覚めてから、学園長室に来るまでの出来事を詳細にとまではいかないけど、それはもう長い時間をかけて話した内容を、理解出来たって本当ですか?
「キミの話を統合するからに、キミをこの世界へ呼んだのは、恐らくリン・ワーグナーだろう」
「え……、はい……?」
ここでまたしても、リンの名前を聞くことになろうとは全く予想してなかった。
全てはここからすでに始まっていたのかもしれない、かもしれません。
次回もよろしくお願いします。




