59 「本家と分家」
Eの両親から思わぬ真実を聞かされて、私は驚きを隠せなかった。
まさかE自身が邪教信者で、魔王の器となる為に生きてきたなんて、あまりにも私の想像を超えていたから。
確かに、こんな話をレイス先生に聞かれるわけにはいかない。先生が敵になるとかそういう意味じゃなくて、あまりに唐突で信じ難い内容だから、混乱させたくないって意味でだ。
それにレオンハルトから、私が魔王だと聞かされた時、正直何を言ってんだこいつとは思っていたけど。
それと同時に自分が世界の敵であるとわかった時点で、一つの不安要素があった。
私が敵側だとわかったら、みんなは……先生はどうしただろうって。
あくまでヒロインのサラを例に挙げるなら、親愛度が高かったらみんなサラの味方になっていた。
サラと共に生きようと、サラを一人にしないように、精一杯の選択をしていた。
図々しい考え方をするなら、先生はきっと私の味方でいてくれるだろう。
ただそうなると、先生は何を差し置いてでも味方してしまう……ということになる。
ゲーム内でヒロインであるサラが、世界樹の中で永遠の柱となる運命がわかった時、先生は世界の安寧よりもサラを選んでいた。
それこそ世界を平和に導こうとする、いわゆる「正義」に対して、先生はそれに反する道を選択し、本来味方であるはずの騎士団や学園側を敵に回すという。
つまりは、闇堕ちしてしまうことになる。
邪教信者は聖女を世界の柱にすることを拒んでいる。それが利害の一致となってしまって、先生はレオンハルト側についてしまうんだ。
かつての親友であり、世界の成り立ちの真実を知っているレオンハルトが、先生を言いくるめるのにそれほど労力を要さなかった。
だから私の時もそうなる、とは決して言えないけれど。
むしろ私は世界を破滅に陥れるであろう張本人、魔王らしいのだから。
さすがに先生といえど、魔王側につくというのは考えにくい。
どうしたら、どうやったら私は先生をベストエンドに導くことが出来る?
魔王という最大の立ち位置を手にして、私はどう立ち回ったらいい?
両親の話を聞いて、沈黙が訪れた時だった。
ドアをノックする音が聞こえて、父親は「どうした」と声をかける。
恐縮するようにドアを開けたメイドが申し訳なさそうな、どこか怯えたような表情で告げる。
「あの、申し訳ありません。新たにお客様がお見えになられたのですが、その……」
「どうした。脱税とかはしてないはずだが?」
「横領なんかもしてませんことよ?」
「いえ、あの……、レンブラント様が……」
その名を聞いて、その場にいた全員の表情が凍り付いた。
いや、なんで両親がビビってんの?
何、知り合い!?
「えっと、もしかしてかと思うけど。お…お父さんとお母さん……は……」
思わず両親のことを正式な呼び方で呼ぶことに、わずかながら抵抗感を覚えてしまう。
そういえば以前ここでしばらく過ごしていた時も「あの〜」とか「ねぇ」とかで言葉を濁していたことを思い出した。
私が恥ずかしがっていることに気が付いたのか、両親はにこやかに答えてくれる。
「遠慮しないで、私達のことはお父さんお母さんと呼んでくれていいんだよ、E」
「そうよ。私達もそう呼んでくれた方が、どこか救われた気持ちになるもの」
なんだか気恥ずかしかった。
お父さんお母さんなんて呼び方、一体何年ぶりだろうと振り返ってしまう。
……だなんて感傷に浸っている場合じゃなかった!
「それより! レンブラントって、もしかしてジン・レンブラントって人!?」
「左様でございます、Eお嬢様」
「なんだ、E。ジン君と知り合いだったのかね?」
「え、いや……知り合いも何も……」
何、それはこっちのセリフなんですけど?
お父さんもお母さんもキョトンとしていて、相手が邪教信者であることを知らないのかな。
知らずにお付き合いしているとか?
「ほら、前にも話したことがあったでしょう? 遠い昔、我がモブディラン家と袂を別つことになったお家のこと。本当は最重要な秘匿情報なんだから、誰にも言っちゃいけないわよ? それがレンブラント家なの。孤児院で養女を引き取って欲しいという話を持ちかけてきたのも、彼なのよ」
えええええ!?
え……、ええええ!?
「ええええ!?」
ダメだ、混乱し過ぎて心の声と口に出してる声が同時に出てしまう。
心の声だけのつもりなのに、口にも出してた?
私が大声を上げて驚いていることが、よほど大袈裟に見えたのか。両親は意気揚々と私に紹介しようとしている様子だ。
しかし両親が私に紹介する必要はどこにもない。
玄関ホールまで連れていかれることもなかった。
ジン・レンブラントが堂々と、ダイニングルームに入ってきたのだから。
「いつまで待たせるんだ。温室育ちなのは相変わらず……」
入ってくるなり私と目が合ったジンは糸目が少し見開かれて、彼の目の色が父親と同じ碧眼であることがここで初めて明かされた。
ジンもなぜ私がこんなところにいるのか理解出来ていないようで、驚愕そのものの顔で私を指差す。
「なっ! お前はイカレ地味女! なぜここに!」
「誰がイカレ地味女よ! っていうか地味である時点で察したらどうなの! レオンハルトから散々モブディランって聞いてなかった!?」
「そうではない! お前がモブディラン家の人間であることくらい知ってるわ! 本家の人間に引き取らせたのは私なんだからな。でもまぁ、ふん……。そうだな、確かに少々取り乱してしまったかもしれん」
急にしおらしくなったかと思うと、ネクタイを締め直すフリをして誤魔化そうとするジン。
今日は暗殺者風の格好ではなく、外で出歩いても目立たない黒のタキシード姿だった。
「まぁまぁEちゃんったら、すっかりジンちゃんと仲良くなっちゃって」
『仲良くありません!』
忌まわしくも私とジンの声がハモる。
まさかこんなところでユニゾンするとは思わない。
それはジンの方も同様だったようで、向こうも忌まわしそうに私を睨め付けていた。
「それよりジン君、用件はなんだね? 今日、君が来ることは聞いていなかったのだが」
「ん……、そのことなんだが」
ちらりと今度は気まずそうに私を見る。
なんなのよ。先生呼ぶぞ。
「今日はやめておこう。また後日、改めて」
「そう? 一緒にワインを飲みたかったんだけれど」
「いや、結構。それに私は下戸なので」
それだけ言うと、本当に一体何しに来たのか。
ジンはくるりと踵を返すと、そのまま玄関ホールへ歩いて行った。
しかしドアを閉める直前に立ち止まり、私の方へ視線を送ると静かな口調で嫌なことを口にする。
「君が何をしようと、どう思おうと、君はすでにこちら側の人間であることを忘れないでおきたまえ」
「は?」
「モブディラン夫妻に助けを求めても何にもならない、という意味だよ。夫妻はEの意志を尊重している。Eは自らが魔王の器になることを望んだのだからな」
それはさっき聞いたわよ。
何こいつ、忠告でもしてるつもりなのかしら。
「……いずれ君にもわかるだろう。この世界がいかに腐り切っているのかを……」
そうして扉は閉められた。
彼の言葉を聞いた両親は、私に向かって申し訳なさそうな表情をする。
ジンの「Eの意志を尊重する」という言葉が真実であることを物語っていた。
元より私は両親に助けを求めにきたわけじゃないけどね。
本当のことが聞きたかっただけ。
そして知った。だからもういいの。
心残りは、両親がこれ以上悲しまないで過ごせるのかどうか……。
『あーっ! シュレディンガー! 貴様まで来ていたのか!』
『お前は演習場にいた奴……っ! まさかまたモブディランを狙いに来たんじゃないだろうな!』
『ええい! ここで決着をつけたいところだが、本家の家だ! また会おうシュレディンガー!』
『あっ! 待てっ! お前本当に何しに来た!?』
『さよーならー、ジンおじさーん!』
どうやら玄関ホールで、先生とジンとアークが鉢合わせてしまったみたいだ。
ドア越しとはいえ、コント並に面白かったのは黙っていよう。




