54 「近付いたり離れたり」
ぺろりとナポリタンを平らげた私達は、後片付けという名の共同作業をしてから食堂を後にした。
お皿を洗っている時も私は先生から褒められまくりで、正直なところ褒められ慣れていない私は「えへへ、そっすか?」みたいな対応しか出来てない。
多分これまでの私の反応とは比べ物にならないほど、めちゃくちゃフランクだったかもしれないから今になって恥ずかしくなってくる。
だって褒められて「そうでしょ!」なんて胸を張るような性格してないんだもん。
そりゃ肩を竦めながら「へへ……っ」ってなるでしょ。……なるよね?
緊張が解けていたひと時も終わりを告げて、私は先生の部屋の前に来た。
職員寮はアンフルール学園に務める独身教師達の為の家となっている。
言ってみれば先生達の完全プライベート空間ということに。
そんな場所に私が? 先生とはいえ、男性の部屋に? いいんですか? いや、むしろダメでしょ。
同性ならともかくこんな夜更けにどうして先生の私室に? どうしちゃったんですか先生!
本来ならきっと「誰でも利用可能な相談室」を使って、そこで話をしようって言う立場の人じゃないんですか?
やっぱりあれなんですか、先生も所詮は男だってことなんですか?
……なんてアホなことを言ってる間に、先生は何の気兼ねもなく普通にドアを開けて入って行った。
「独身男の部屋ですまんな、校舎はもう全て施錠済みだから使えないんだ。玄関ホールだと誰に聞かれるかわかったもんじゃないし、食堂だと長話してたら明かりの無駄遣いになるからな」
「いいえー、お構いなくー」
なぜかちょっとがっかりしつつ、私は推しの私室を目に焼き付けようと目がガンギマっていたかもしれない。
でもやっぱり感想としては、そうだよなって印象だった。
先生は無駄を嫌うところがある上に、それほど物欲がある方でもない。
それは部屋の中にある家具類などが全てを物語っていた。
ワンルームの部屋に入ると、そこには一人用の簡易テーブルとスツールが一脚。三人掛けくらいの大きさのソファ、書類仕事をする為のデスク、小さな本棚には読書用の本ではなく参考書や辞書、書類が入ってるであろうファイルのみ。
あとはクッション性も何もなさそうな簡易的なシングルベッドがひとつ。
観葉植物も、趣味になるような道具も、何もない。
本当に必要最低限の、いつ引っ越すことになっても手早く準備出来るような量しか置かれていなかった。
物が少ない上に、散らかってもいない。
そして少し懸念していた男臭さもなかった。
私とは正反対な部屋……。
私の部屋はというと、無駄の集合体のようなものだ。
物欲の塊で、所狭しと置かれた本にダンボール箱の山、パソコン周辺機器のコード類がうじゃうじゃと……。
整理しようにもどこから手をつけたらいいかわからなくなるような、そんな雑多な部屋だ。
まぁそれはあくまで「現実世界の私の部屋」であって、今ある寮の部屋はそんなにごちゃごちゃしてないけど。
「そうだな……、どこに座ってもらおうか」
「どこでもいいですよ? 何ならここのスツールでも構わないですし」
「いや、そういうわけにいかないだろう」
先生はどういう形で話をしたらいいのか、座る場所で困っているようだった。
ソファに座らせると、その隣に座るのは変だし、かといって先生がデスクチェアに座ると今度は距離と高さの違いが出て変な感じになる、とでも思っているんだろうか?
隣同士じゃなければどこでもいいですよ?
「それじゃ、まぁ。本題に入るとするか」
「え……、えぇ……??」
なんでソファに隣同士を選んだんですか!?
もっと他にあったんじゃないですか先生!
まさかと思いますけど、ひょっとして先生も緊張とかしてます?
緊張のしすぎでポンコツになってます!?
などと先生に対して失礼なこと言いすぎたなぁって反省しようとしたけど、隣に座る先生の横顔を見たら少し挙動不審さが見て取れたので、もしかしたら本当にポンコツになっちゃってるかもしれない。
両膝に両肘をついて、くるくると指の運動を始めてしまってる。
何がしたいんですか先生!
「あの、とにかくお話って……なんでしょうか?」
「あぁ、まずは無事で良かったってこと。それから、そうだな。何から話そうか。……モブディランが奴らのアジトであるレスタトの塔にいた時の話を聞きたいんだが、まだ辛いか?」
「いえ……、それは大丈夫です」
そんなことよりソファ隣同士の方が気になってしょうがないんですが、それこそまぁ後にするとして。
私は演習場所でヴォルフラムに攫われ、気を失って、気がついた辺りから話し出した。
もちろん私が魔王であることはひとまず伏せて、そこで出会ったヴォルフラムとジンのことを話す。
私はなぜかゾフィのことを口にしなかった。
もしかしたらまだ学園にいて、生徒として振る舞ってて、運が良ければまたゾフィと仲良くなって利用出来るかもしれないなんて、そんな非情なことを考えていたから。
そしてもう隠す必要のないレオンハルトのことも、先生に包み隠さずに話して聞かせた。
レオンハルトが邪教宗派の現・教主であること。
そして先生達の同期だったハーフエルフ、リンを復活させようとしていたこと。
この話をすると、やっぱり先生の顔色が極端に変わる。
眉間に深いシワが刻まれて、苦渋の表情になった。
どっちですか。
先生は今、どっちの同期を思い出して、辛い思いをしてますか。
「レオンハルトは……」
口元に手を当てながら、視線は私の方を見ないで話し始める。
「レオンハルトは俺やソレイユの、学園時代の同期でな。学園卒業後には同じ騎士団に所属し、騎士団長も務めていた男なんだ。以前にも邪教信者は魔王復活の儀式を行おうとして、それを阻止すべく俺達が所属する騎士団で討ち取りに行った。あいつはその時に、崖から落ちて死んだと思われていたんだ」
昔話をするように、自分の過去を思い出すように話す先生、それを私は黙って聞いた。
その話の中に同じ同期のリンが魔王復活に利用されていた、という内容が含まれていないことを気にしながら。
「お前を捕らえていた男は間違いなく、そのレオンハルトだった。すまない……」
「なんで先生が謝るんですか。別に先生が悪いわけじゃないし、それがわかっていたとしてどうにか出来たことでもないし。そこは気にするところじゃないですよ。そんなことより私は、先生の方が辛いんじゃないかって。そっちの方が気になって……」
「お前は優しいんだな。自分が酷い目に遭ったっていうのに、不甲斐ない担任の心配なんかして」
「不甲斐なくなんかないです。そんなこと、これっぽっちも思ったことないですから」
私はそこんところは力強く言っておいた。
落ち込む必要なんかないし、これ以上傷ついてほしくないから。
私なんかの言葉で立ち直れるかどうかわからないけど、でも先生の気持ちを察することが出来るのは、きっと……そう。同じ親友であるソレイユ先生と、先生達の過去を知っている先輩のライラ先生だけだから。
「俺は昔、自分が好きだった女性を救えなかったことがある。不甲斐ないさ。今もこうして大切な生徒一人、ろくに守ることも出来ていないんだからな。あの頃からちっとも変わってなんかいない。いざという時、大事な局面で俺はいつも二の足を踏む。迷う。その度に俺はソレイユに背中を押してもらっていた。情けない担任だよ」
「……」
言葉も出なかった。
先生がこんな風に自分の弱さを年下である生徒に打ち明けるなんて、思ってもいなかったから。
なのに私は先生の口から好きな女性の話が出てきて、案の定一人で勝手に傷付いてる。
不甲斐なくて情けないのは私の方だよ。
こんな時ですら、自分の気持ちを優先してしまってる薄情な女。
先生がこんなに私のことを信用して、絶対に誰にも打ち明けないであろう話をしてくれているのに。
自嘲気味に、儚げに微笑んだ先生が私を見て、私の頭をよしよしと撫でる。
あぁ、また子供扱いだ。
先生から見れば私は確かにただの子供なんだけどさ。
「なのに、こんな情けない担任の俺を好きになってくれて、どうも」
「んな……っ!?」
柔らかい微笑みを浮かべながら、今ここでそれ言いますか!?
このタイミングで!?
惚れちゃうでしょ! いや、もうとっくにベタ惚れなんですけど!!
「これから先、レオンハルトがまたお前に手出しするようなら……。その時はちゃんと守ってやるから、安心しろ。今度は、次は迷わない。今のあいつは俺の同期じゃなく、邪教宗派の教主だ。しっかり心に留めておくよ」
生徒の為に親友を斬り捨てる……。
守ってくれる決意をしてくれたのは、迷いを払うことが出来たのはいいことかもしれないけど、なんだか複雑な気分になる。それって、もうレオンハルトとの仲を取り戻そうとすらしないって、そういうことなんでしょ?
ワガママかもしれない。
先生に親友のことを、斬り捨ててほしくないだなんて。
私の複雑な心境がそのまま顔に出ていたようだ。
こんな質素な顔でも細かい表現は出来ているのね……。
「レオンハルトのことが気にかかるのか」
「うん……じゃなくて、はい。だってどういった経緯があったとしても、先生の親友だったんですよね。目指すところが違ってしまってるなら、関係を取り戻すことは難しいかもしれないですけど。私は、生徒を守る為だって理由を付けて親友から目を逸らす方法は、なんていうか……その……、違うと思います」
ちょっと泣きそうになっていたかもしれない。
声が震えて、本来の私が出てしまってたんだ。
E・モブディランは、こんな弱々(よわよわ)じゃないのに。
今までの私ならもっとずっと図太くて、平然としてて、先生の前でだけ不審者になっちゃう、そんな無神経なモブ令嬢だったはずなのに。
それでも先生は優しくしてくれた。
呆れたように吐いたため息はどこまでも優しげで、温かみを帯びている。
泣いてしまってる私に、先生はよしよししていた手で引き寄せて、片手で軽く抱き締めた。
いつもなら鼻血を噴出させて台無しにしてしまってる私のはずが、今回限りは涙が優先みたい。
私はレオンハルトのことを諦めて欲しくないって意味合いで泣いているわけだけど、もしかしたら先生は私が軟禁されていたことを思い出して泣いているんだって思ってるのかも。
でも、実はそうじゃなかったみたいだ。
先生は私のことを優しく抱き締めながら、私が先生の温もりを感じながら泣いていると、私に言い聞かせているのか、それともただの独り言なのか。
確かにこう言った。
「モブディラン、こんなに優しいお前が俺なんかを好きになってくれて嬉しいが。俺はお前の担任教師だ、そしてお前は俺の生徒。そういう関係にはなれないよ」
どうして……っ。
なんで今、このタイミングで言うの?
話の前後が噛み合ってないよ。
涙が更に加速していく。
先生の私を抱き締める力が、より強くなっていった。
「前に告白してくれた時に言うべきだった」
私は、迷惑でしたか?
そんなに先生の重荷になってましたか?
「教師と生徒が、そういう関係になるのは許されない」
そんなの……っ、ゲームで先生を攻略出来ない時からわかってたわよ。
私だって最初からそんな関係を本気で望んでいたわけじゃないのに。
「だから、卒業するまでこの話は保留な」
……え?
今……、なんて?




