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43 「攫われたE」

 目が覚めたらとても寒かった。

 薄っぺらい毛布一枚で寝ていたせいもある。

 クッション性も何もない硬いベッドに、カビ臭い室内。

 目を開けると冷たそうな石壁と天井が目に入った。見渡すと大体六畳くらいの広さがある部屋の真ん中にベッドが一つきり。

 木製の扉一つ、そして鉄格子が嵌められた窓……いや、あれは採光の為に作られた高窓だ。

 ガラスがないということは、雨風が中まで入って来るってことね。どうりで寒い。


 さて、私はこの通り誘拐されたわけだけど。

 別に拷問された跡もなければ、縛られているわけでもない。

 鍵はかかっているだろうし、ひとまず軟禁状態といったところかな。

 私はベッドから降りると扉のドアノブをガチャガチャと動かしてみる。反応無し。押しても引いても、もちろん下から上に持ち上げようとしても、まさかなと思い上から下に動かそうとしても、びくともしない。

 それから高窓の方へと行く。

 背伸びして手を伸ばしても、ちっとも届きやしない。

 ベッドをここまで持ってきて踏み台にしても、私の身長じゃ届かないだろう。

 はぁっとため息をついて、ベッドに座る。

 

 私に変な興味を示したレオンハルト。

 引っかかることはまだある。

 魔王復活に必要なピースはすでに揃っている、みたいなことを言ってたのもずっと気になってた。

 ここで聞き出せるか?

 ただのモブで、何の価値もないこの私に。


 そんな風に相変わらず自虐的なことを考えていたら、ドアが音を立てて開いた。

 見るとそこにはコップみたいな物を乗せたプレートを持ったゾフィが、浮かない顔をして入って来る。

 私と目が合うや否や、どういう感情なのか持っていたプレートをその場に落としてコップが割れる音が鳴り響いた。

 いや、早速落とすとか何なの? 飲み物くれないの?


「Eちゃん! あいつに痛いことされなかった? 大丈夫だった? 変なことされなかった?」

「いやいや大丈夫だから。てゆうか離れてくれません?」


 ダッシュで駆けつけ抱きつくゾフィに、私は迷惑そうに拒絶する。

 正直なところ私はゾフィのことが完全に信用出来なくなっていたからだ。

 私に妙に懐くゾフィを、もしかしたら私サイドに引き込めないか……などと甘い考えをしていたのは認める。

 でもこうもあっさりとレオンハルトに従って、演習場所を教えるなんて。

 やっぱりこいつは邪教信者だ。


 私の両肩を掴んだまま、ガバッと顔を離すとその目は大粒の涙を流していて、嬉しそうな悲しそうな、何とも言えない表情で謝罪してきた。

 だからあんたはどっち側の人間なのよ。


「私がEちゃんの場所を教えたからだよね。でも私も辛かったんだよ? 教主様にEちゃんの血だよって言われたら、あまりに甘くて美味しそうな匂いがしたんだもん。味見しないわけがないよね?」


 知らんけど。


「Eちゃんの血の匂いを辿って、今A組がどこで演習をしてるのか聞かれたけど、好きな人が私の元に来てくれるようになるかもしれないって思ったら、教えないわけがないよね?」


 知らんがな。

 てゆうかあんたは謝罪してるのか弁明してるのかどっちなのよ。

 それでもゾフィは「仕方なかった」と言いたげに、私の許しを得ようとしている。


「本当は私が行きたかったんだよ? 私が行けばEちゃんは快く迎えてくれるから。でも教主様がね、私はまだ女の子だからダメだって。危ないし、学園に潜入してることがバレたら勿体無いって。だから最初から決まってたジンさんとジェヴォ君が行くことになったんだけど、立候補してきたヴォルフラムが行くことになったの」


 私は耳を疑った。


「えっ? あそこに幹部三人が来てたの!?」

「そだよ、本当は二人だけだったんだけど。ヴォルフラムがね、急に自分も行きたいって言い出して」


 ということはあの場にジェヴォーダンもいたことになる?

 私の予想がことごとく外れていってる。

 ゲーム内でも襲撃メンバーは、ジンとジェヴォーダンだった。

 どうしてヴォルフラムが加わったからといって、獣人ジェヴォーダンが加わらなかったと思った?

 私はてっきり襲撃メンバーを交代したのかと……。


 あまりに事態がわかってない私は、ヴォルフラムに連れ去られた後のことをゾフィから聞けないかどうか試してみた。嘘か本当かは別として、ゾフィは何かしら喋ってくれると思う。

 どうか私のことを好きだと言うこの娘の言葉が真実でありますように。

 私としては断固お断りなんだけど、でも気軽に情報をくれるのはここではゾフィしかいない。


「あのね、ゾフィ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「うん、いいよ。私に話せることなら!」


 ゾフィは私が許したと思ったのか、いつものニチャアっとした顔になって首を上下にぶんぶんと振る。


「まず、A組は全員無事? もちろん先生も」

「うん、大丈夫だよ。ちょっと怪我をしてる生徒もいたみたいだけど、それは治癒術を使える生徒が治したみたい。ほら、Eちゃんの恋のライバルだよ。嫌な女だよね! あいつったらEちゃんの好きな先生に泣いてすがって、頭よしよしされて、先生の怪我をめざとく見つけてさ。メス顔で先生の怪我を治癒術で治したんだって! それで先生に笑顔でまたよしよしされて、またあざとく泣いて先生に抱きしめられてたんだよ! あれ絶対に先生に優しくして欲しくてやってただけだよ! Eちゃんへの当てつけだよ!」

「ぐぬ……っ」


 なんか妙に具体的な気もするけど、それが仮に半分嘘だとして。

 やり取りが鮮明に目に浮かぶから悲しくなる。

 ゾフィはなぜかふんっと鼻を鳴らして自信満々にドヤ顔を決めているけど、何? あんたも褒めて欲しいの?

 私は心がチクチクとしながら、もう一度再確認する。


「要するに、みんなちゃんと無事だったってわけね?」

「うん。あれからEちゃん以外の全員が揃ったことを確認してから、騎乗用ドラゴンに乗って学園に帰ったよ」


 よかった。

 ひとまず誰も欠けてなくて、本当によかった。


「ゾフィ、演習場所で起きたことを具体的に教えてもらえたらありがたいんだけど」

「うん! 何でも言って?」

「やめといた方がいいぜ。そいつは自分に都合の良いように話を作る」


 突然扉のある方から男の声がして驚いた私は、サッと視線を走らせた。

 そこには壁にもたれて腕を組んでいるヴォルフラムの姿があって、その顔は余裕の笑みを浮かべている。

 なんか、腹立つ。


「何ですか? 私が嘘をついているとでも?」

「少なくともレイス・シュレディンガーは、治癒術を使う女を抱きしめたりはしてなかったぜ?」


 私は全力でホッとした。

 いや、安心してる場合か。

 ヴォルフラムが嘘をついている可能性だって。


「信じちゃダメだよ、Eちゃん! こいつは詐欺師なんです!」

「いいからお前はもうどっか行け。俺はこいつと話があるんだからよ」


 そう言ってヴォルフラムは壁にもたれていた背中を離すと、ゆっくり私の方へと歩いて来る。

 まるで私を守ってくれるようにゾフィが盾になるけど、目の前まで来たヴォルフラムの威圧感にゾフィは私にしがみついた。


「Eちゃん! 死なば諸共だよ!」


 いや、一人で死んで?


「いいから離れろって。ゾフィ、教主様が呼んでたから俺が来たんだよ。次にこいつと話をするのは俺だ。さっさと行ってこい。教主様は時間を守れない人間が大嫌いだって、お前も知ってんだろ?」

「うっ、それ……本当ですね? 嘘ついたらあなたの生き血を、シワシワのカスカスになるまで吸い上げてしまいますからね」

「俺の血は不味そうなんだろ? 嘘じゃねぇからさっさと行けって。俺はゆっくり牛歩で来たから、遅刻しちまうのはお前の方だぜ?」


 邪悪な微笑みを見せるヴォルフラムに、ゾフィは「このキモオタ死ね!」と叫んで走って行ってしまった。

 死なば諸共じゃなかったの?

 ゾフィが走り去ると、ヴォルフラムは律儀にドアをしっかり閉めて鍵をかける。内鍵なのぉ?

 ……と思ったけど、南京錠だ。鍵はしっかりヴォルフラムのズボンのポケットに仕舞われる。

 それからベッドに座っている私の隣にどかりと座って、その長い足を組んで後ろにのけぞる。

 両手で上半身を支えるようにリラックスするヴォルフラムの姿を見て、私は心の底からなんだこいつって思った。 

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