41 「モブの意地」
実戦演習に現れた邪教信者、今ごろレイス先生と対峙しているであろう元・暗部の凄腕暗殺者であるジン・レンブラント。
そしてアインゲートホルクにある魔物が徘徊する森の中では、ソレイユ先生とゲームで言うところの攻略対象であるヴォルフラム・フリードリヒと対峙。その近くでひっそりと身を潜めている私。
最悪だ。こんな最悪なことってある?
私は先手を打ったと思っていた。でも相手の方が何枚も上手だった。周到だった。
まさか私がボコられた時、レオンハルトに私の血液を取られていたなんて。
そしてそれをダンピールであるゾフィに与えて、私の血の臭いを追わせるなんて。
ダンピールは血に臭いに敏感だ。
恐らくゾフィはずっとA組の誰かの血を狙っていたんだろう。
私に執拗に近付いたのも、時々変な感じがした時も、もしかしたら私の血を狙ってのことだったかもしれない。
そして街中でレオンハルトはA組である私の血を奪い、それをゾフィに与えて、その嗅覚で居場所を突き止めた。
嗅覚で追える範囲はわからないけど、仮に邪教宗派の本山……アジトからでも追跡可能ならゾフィも一緒にここまで来てる可能性は低くなる。
でも範囲が限られているなら、一緒に同行している可能性が高い。
まさに全勢力で来ている可能性だって考えられる。
どっち?
それによっては私の大失態が更に深刻になってくるんですけど!
私は相手にバレていないことを祈って、草陰で二人の様子を窺う。
苦悶の表情で、肩で息をしているソレイユ先生……。
スキルの使い過ぎで消耗しているのか。
それともヴォルフラムが強敵で苦戦しているのか。
怪我をしているのか。
そしてそれを勝ち誇ったような顔で見下すヴォルフラム。
あいつの傍らには倒れている生徒が数人、私達がまだ出会っていないチームだ。
チームは私達も含めて全部で4チーム。生徒は全部で二十人、それぞれが五人組。
私達のチームと、委員長のチーム、そして途中で見つけた怪我人のいたチーム。残りの1チームがヴォルフラム達に襲撃されていたというわけね。
でもここにソレイユ先生が一人でいるということは、ライラ先生は?
二人の先生で残りの3チームを見守っているんじゃなかった?
「計算間違いでもしたか? 幹部が一人しか来ていないとでも思っていたのか? 残念でした! でかいミスを犯したモンだよなぁ。向こうで派手に戦闘が始まってたら、そりゃそっちに加勢しに行くよなぁ。まさか森の中にまだ強敵が潜んでるだなんて思わないよなぁ!」
全部言ってくれる!
相手は勝ち誇ってソレイユ先生にダメ出ししているつもりなんだろうけど、おかげで事態は把握した!
つまりレイス先生とジンとの戦闘はすでに始まっている。
そしてライラ先生はレイス先生の加勢に行った。
残ったソレイユ先生が他の邪教信者を片付けようとしているところに、ヴォルフラムが現れたと……。
わかったところでどうやって現状を打開したらいい?
少なくとも戦闘訓練を始めたばかりの生徒が束になってかかっても、まずヴォルフラムに勝ち目はないし、もっと言うなら今ヴォルフラムの足元で転がっている生徒のように人質として盾にされるのがオチ!
それだとかえって先生達の足手まといにしかならない。
ヴォルフラムのスキル『弱体化』は厄介だ。下手したらキラキラチームの誰かのスキルが弱体化されないとも限らない。彼等は今後の主戦力、弱体化させるわけにいかない。
でもレイス先生の弱体化も絶対に避けないといけない!
それにルークとも……。
兄ヴォルフラムと弟ルークの確執は事の他大きい。
兄のせいで家庭が崩壊したようなものだもの。
ルークの精神的なダメージを考えると、チームと合流する前にこの場にいる人間だけでなんとかしないと!
こんな時だからこそ悔やまれる。
どうして……っ! なんでモブなの!?
ここで私が「伝説の聖女」とか「チートスキル持ち」とか「大賢者の生まれ変わり」とか「精霊に転生しました」とか、なんでそういうのじゃないの!?
モブならモブでさ、もっとこう、あるじゃない。
存在感が薄いからなんだっつーのよ!
危機的状況で思わず自暴自棄になる私だけど、そんなことをしたところで事態が好転するわけじゃない。
私は自分の失態の責任を果たさないといけない。
こうなったのは私がまんまとレオンハルトに血を取られたせいだ。
そのせいでせっかく計画していた迎撃作戦も失敗に終わった。
生徒達を鼓舞したところで、幹部二人を相手にどうにかなる話でもなかったんだ。
何が悪い? 私の存在? 変に物語に介入して来たから、そのバチが当たったとでもいうの?
私はただ、先生の明るい未来を目指していただけなのに!
何もかもに腹が立ってきた。
これは、そう。前にも同じようなことを感じたことがある。覚えてる。
ゲームのストーリーやシナリオを完全熟知しているはずのなのに、実際はちっともゲームのシナリオ通りに進行しなくて、むしろ私達の方に不利になる状況にばかり転がっていく。
登場するタイミングでもないのに、勝手にしゃしゃり出てくる悪役共。
そんなに私の邪魔がしたいのか。
この最強に影の薄い、誰の記憶にも残らないような背景としか思えないモブ中のモブのことが、そんなに気に入らないか!
だったら背景なら背景らしく、モブはモブらしく、ゲームの台本にすら書かれていないアドリブだけで、その他Eとしてなりきってやろうじゃないの!
話の内容からレイス先生は森の外でジンと戦闘を繰り広げている。
その場にライラ先生も向かっているか、もしくはすでに共闘しているはず。
森の中では安全圏に3チームがゲリラ戦で邪教信者を片付けながら、こちらへ向かってきている。
ソレイユ先生はここで幹部の一人ヴォルフラムと対峙、私もいる。
私がしたいことは全員の生存、邪教信者を撃破か、もしくは退場させること。
そして出来ればレイス先生のスキルを弱体化させないこと。
兄弟を鉢合わせさせないこと。
難易度高っ!
でもやるしかない。
もうすぐ『ステルス』のカウントダウンがゼロになる。
モブスキルをオンにすれば、とりあえずすぐに発見されることはない。
私は隠れたままクールタイムを稼ぐ為に『ステルス』を解除した。『ステルス』を発動したままこの場を離れても良かったんだけど、そうするとソレイユ先生の安否が気にかかる。
ゲーム内ではソレイユ先生は生存しているけど、この世界じゃどうなるかわかったもんじゃない。
親友だったレオンハルトだけじゃなく、現在進行形で唯一レイス先生の親友であるソレイユ先生まで失わせるわけにはいかない。それは私が望んでいるレイス先生の幸せな未来じゃない。絶対に。
だから今ここで、ヴォルフラムをなんとかする!
私の持ち得るゲーム知識の全てを駆使してでも!
ヴォルフラムは魔王の存在に魅了されて邪教信者となった。
周囲の反対も押し切り、家出同然で邪教宗派の門戸を叩いている。
完全に闇に落ちている彼が唯一心を開いているのは魔王本人と、邪教宗派の現・教主であるレオンハルトのみ。
ヴォルフラムはこの二つの存在の命令を無視することは出来ない。
私の心臓が高鳴っていく。
早鐘を打ちすぎて嘔吐しそう。血の気も引く。
自分がやろうとしていることが「愚か」のたった一言で片付くこと、そして確証がないこと。
でも今までに起きたことや、聞いてきたセリフなどを思い返すとどうしてもこの手しかないと思った。
敵の今回の目的が決して「それ」ではないことは重々承知しているけど、現状打開出来る策はこれしか考えられない。
違うな。
何の力も持ってない私に出来ることが、本当にこれしかないってことだ。
私に聖なる力も、チート能力も、なんかよくわからないけど溺愛されるとかそういうやつも、何もない。
私はこの物語の主人公でも脇役でもない、ただの背景なんだから。
モブ令嬢Eの意地を見せてやる!
私は地面の土を手で掴んで顔に塗りたくる。
さも惨めな感じを装って。
抵抗感あるけど、さっき転んで擦りむいた血を顔のあちこちに付ける。
服も土埃まみれにしておく。
よし、これでみっともないモブ生徒の出来上がりだ。
それから私はありったけの情けない声を出して、草むらをガサガサと揺らした。
「せんせぇええ、どこですかぁ〜? た、助けてくださぁい!」
そう言って私は正面から堂々と、ソレイユ先生とヴォルフラムの前にその惨めったらしい醜態を晒してやった。




