13.八板清賀
「まぁいいや。清賀さん、ちょっと美濃で鍛冶屋をやりませんか?」
「……美濃だぁ?」
胡散臭そうな顔をする清賀さんだった。
『あなたもうちょっと説明しようとか考えないんですか? よくもまぁ信長に口下手だの言葉足らずだのコミュ障だの言えたものですよね』
さすがの私もそこまで言った覚えはないかなー……?
私の舌足らずを見かねたのか宗久さんが事情を説明してくれた。かくかくしかじか。
「ははぁん? 美濃で鉄砲量産ねぇ。因果なもんだな」
因果?
私が首をかしげると清賀さんは挑発するように鼻を鳴らした。
「堺には美味いもんが多いし、いい女も溢れてる。これからは鉄砲を作っていれば金に困ることもないだろう。……俺が堺を離れて、美濃なんていう田舎に引っ込むのに十分な理由を、お前さんは用意できるのかい?」
あまりにも無礼な物言いに宗久さんと又三郎さんが苦言を呈そうとする。そんな二人を制してから私は清賀さんに不敵な笑みを向けた。
「――南蛮のものを超える、世界最強の鉄砲を作ってみたくありませんか?」
私は作りたい。
あなたも、そうでしょう?
「…………」
私からの問いを受けて清賀さんは心を落ち着けるように深く深く深呼吸した。
「世界、最強……。やっと鉄砲の複製ができたばかりの日の本で、そんなものが、できるとでも?」
「私には知識があります。ですが、技術がありません。私とあなたが協力すれば、きっと世界を征する鉄砲を作ることができるでしょう」
「…………はっ」
清賀さんの瞳に挑戦者たる炎が灯った。
「……面白ぇ。いいぜ、作ってやろうじゃねぇか。世界最強の鉄砲とやらを」
清賀さんの返事を受けて私は右手を差し出した。
もちろん、戦国時代に『握手』なんて文化はない。
しかし清賀さんは魂で意味を感じとったのか固く固く力強く私の手を握り返してくれた。
「おっと、まだちゃんとした名乗りをしていなかったな。俺の名前は八板清賀。種子島で鉄砲を作っていたんだが、小さい島だとそんなに仕事がなくてな。橘屋又三郎殿についてきて堺までやって来た」
「よろしくお願いしますね。私は斎藤帰蝶。美濃守護代斎藤家の娘です」
「……今井殿から聞いてはいたが、まさか本当に『マムシ』の娘だとはなぁ」
頬をひくつかせる清賀さんだった。マムシの異名は堺や種子島まで轟いているらしい。父様はもうちょっと生き様を見つめ直すべきだと思う。
『道三も、主様だけには言われたくないでしょうね』
美濃のマムシレベルってどんな生き様やねん。
◇
『しかし、八板……八板清賀ですか』
プリちゃん(どうしようもない歴史オタ)が首をかしげていた。プリちゃんは光の球だけど以下略。
「なに? また有名人だったりするの?」
『いえ、まったく有名じゃないですね。歴史に名を残したわけでも、何かを成し遂げたわけでもありません』
そこまで言われてしまう八板清賀さんに涙を禁じ得ない。
『ただ、八板金兵衛という人間なら歴史に残っています。初めて火縄銃が渡来したとされる種子島において、火縄銃の複製を命じられた人物です』
ほうほう?
『銃身の底をふさぐネジをどうしても作製できなかった金兵衛は、娘をポルトガル人に嫁がせてネジの作り方を習得したと伝わっています』
あー、その話は聞いたことあるわ。さすがに鍛冶師の名前は忘れていたけれど。
『で。たしか、その八板金兵衛の息子の名前が清賀だった……ような気がします』
めずらしく自信なさげな物言いだった。ほんとに有名じゃないらしい。
『ちなみに八板金兵衛一家は元々美濃で暮らしていたそうで。一説には法華宗と日蓮宗の争いに巻き込まれて種子島まで流されてきたらしいですね』
だから美濃での鉄砲作りを『因果』と言っていたのか。
『ほんと、主様って宗教に縁がありますよね。宗教嫌いなくせに』
そんな縁、ぶち壊したいんですけどー。
いや受け身はいけないわね。ここは先手必勝、こちらから悪縁を絶つべきなのでは?
お寺なんて木造建築なんだから雷魔法を落とせばよく燃えることでしょう。今までどれだけの天守が落雷で燃えてきたことか……。とりあえず三ちゃん最大の敵 (予定)・大坂本願寺あたりから――
『やめんか仏敵』
誰がマーラやねん。