閑話 その頃の三好家
「お兄様! 妾の嫁ぎ先が決まったのですね!?」
三好長慶が書状に向き合っていると、ドタドタと足音を立てて長慶の妹・雪が部屋に駆け込んできた。
今となっては三好家もそれなりの家柄であるし、天下取りが成功すれば官位も上がろう。そんな三好家の『姫』が足音を立てて走るなど……。
「ゆ、雪様! そのように走られては……」
と、少し遅れて追いついたのは松永久秀。『下克上』の打ち合わせのために長慶の元を訪れていたのだが、どうやら不運にも雪に振り回されていたらしい。
「久秀! この程度で疲れていては戦場でお兄様を守れませんよ!」
「いや、それを言われますと……」
久秀も元々は弟と共に武勇を発揮し三好長慶の目にとまったので、痛いところを突かれた形になったのだろう。
「くくっ」
謀略家のくせによく振り回される男だ、と長慶は喉を鳴らしてしまう。
「やって来たのなら話は早い。雪、まずは座りなさい」
「はい!」
飛ぶような勢いで床に正座する雪。
長慶も各地を転戦している男なので、実の妹を見るのは数年ぶりかもしれない。
改めて雪の姿を眺めると……兄による贔屓目があるにせよ、中々の美人に育ったといえるだろう。
戦国時代の基準からは少し外れているかもしれないが、いやしかし、帰蝶と似たような感じであるのだから美人と呼んでいいはずだ。むしろ帰蝶の顔を見慣れている信長からすれば、戦国時代的な美女よりも雪の方が美しく見えるかもしれない。
これなら大丈夫か、と長慶は一度大きく頷いた。
「雪は何歳になったのだったかな?」
「はい! 17になりました!」
「三郎は15くらいだったか……。嫁入りには少し遅いかもしれないが、まぁ問題はないだろう。織田三郎信長についてはどれくらい知っている?」
「久秀から聞き出しました! かの今川義元と一騎打ちをして、さらには謀反人の首を落とし、尾張守護の仇討ちを成し遂げたとか! お兄様が取り込もうとするだけの男なだけはありますね!」
「評価は上々と。……すでに三郎は美濃のマムシ・斎藤道三の娘を正室としているが……」
「決して負けず、正室の座を奪ってみせよと?」
なんとも三好の人間らしいイノシシ振りだが、今回ばかりは抑えてもらわねばならない。
「違う、違う。いいか? 道三の娘――帰蝶殿とは敵対してはならぬ。正室の座を奪おうとするなどもってのほか。左様なことをしでかせば三好は族滅しよう」
「お、お兄様にそこまで言わせるとは……そんなにも恐ろしい女なのですか?」
「謀略も凄いし、武力も凄い。なにせ実力で大坂本願寺を壊滅させてしまった女だ」
「……え~っと、では最近噂の『吉兆教』とやらはその帰蝶の配下であると?」
「うむ。さらに言えば商才もあり、堺の会合衆(自治組織)の一員に選ばれるほどだ」
「…………。……一応確認するのですが、妾は三郎に嫁入りするのですか? これは帰蝶とやらに嫁入りした方がいいのでは?」
「……う~む、帰蝶殿が男であれば悩んでいたかもしれぬな」
何が楽しいのかくっくっくっと笑ってしまう長慶であった。
※かんっぜんに風邪引いたので、何日か更新お休みします。よろしくお願いします。