閑話 両雄相まみえる
まるで酒で悪酔いしたかのような。
酩酊感、よりは気持ち悪さが勝るか。
ともかく、そんな感覚が過ぎ去ったあと、信秀は畳の上にいた。
この時代の床というのは木の板が基本。畳などは地位が上のものが座ったり、貴人が寝る際に使う寝具として一枚使うのがせいぜい。この場のように床一面に畳が敷き詰められているなど、常識としてはあり得ない。
だが。
そんな常識外れを行ってしまう女に心当たりがあった。
「あら、さすがの落ち着きですね。やはり明智のみっちゃんとは違いますか。――――。解せぬ」
不敵な顔で信秀を見つめつつ、最後には目に見えない何者かとやり取りをしたかのような帰蝶であった。まぁこの女が不可解な言動をするのはいつものことか。
「ふむ、ここが噂に聞く那古野城の大櫓(天守)か……?」
信秀を招くのは天守が完成してから、という話になっていたので、信秀は天守に見覚えはない。が、窓からの景色や、帰蝶の発言から「そうであろう」と当たりを付けた信秀であった。
「と、なると……」
この場にいる人間を順繰りに見ていく信秀。
帰蝶。信長。まだ年若い僧侶……。そしてこの荒々しい向こう傷を顔に付けた僧侶が、もしや……。
「ははっ、ここはどう名乗ったものであるかな?」
不敵に笑う僧侶。
「…………」
ここで「つまらない男だ」と思われるような返事は、信秀の誇りが許さなかった。
「さぁて、なぁ。旅の僧侶が奇妙な名乗りをしたところで、咎める者もおるまいよ」
「……はは、で、あるか。ならばここは今川治部大輔とでも名乗っておこうか」
「ほほぅ、かの海道一の弓取りと同じ名を名乗るとは、なんとも愉快な僧侶であるな」
呵呵、と笑いあう信秀と義元であった。
「して、その今川殿はなぜこのような場所に?」
「うむ、貴重なる出会いがあってのぉ」
「ほほぉ、貴重な……」
横目で帰蝶を見る信秀と、
横目で信長を見る義元であった。
義元が親指で自らの顔の刀傷を撫でる。
「いや、儂はこの三郎のことがいたく気に入ってな。ぜひ義理の息子にしたいと考えておるのだよ」
「ほほぉ?」
それはつまり娘を嫁がせ、尾張との同盟を、という意味なのだろう。
斎藤道三、三好長慶に続いて今川義元まで……。なるほど、織田信長という男は父信秀が思うより遥かに大きな人物であるようだ。
――今川との同盟。
悪くない。
むしろ最高と言えるだろう。
尾張の北を斎藤道三。東を今川義元。二人の大名に支えられれば、冗談ではなく京への道が開けよう。
――三郎であれば、天下一統すら成し遂げるやもしれませぬ。
そう言い遺した弟・信康の姿を思い出す信秀。
だが、そう簡単に飛びつくほど彼は安直な人間ではなかった。
「漁夫の利か」
サイン本プレゼントキャンペーン、応募締め切りまであと三日くらいです。お早めにどうぞ。
https://x.com/es_novel/status/1864867686225997923
書籍をネットで注文していただいた方は、レビューへのご協力していただけると嬉しいです。




