閑話 ただのイケメンに対する一目惚れです
「何ですかその目は?」
「人間として当然の反応をした目だが?」
「くっ、なんというツッコミ返し! さすがは尾張の虎ですね!」
「よく分からぬが、褒められてもまったく嬉しくないというのは珍しいのぉ」
「やはり謀略の中で生きていると人の善意を素直に受け取れなくなってしまいますか……」
「嫁殿に善意があったとはのぉ」
「この善意の固まりでしかない私に対してひどい言いぐさですね?」
「その善意の中に裏がなければ完全なる薬師如来の化身なのだがのぉ?」
呵呵、うふふと笑いあう信秀と帰蝶であった。こわい。
「そうそう、簡単に事情を説明しますと……さっきまで、安宅船の試運転をしていたんですよ」
「ほぉ、件の……」
信秀も嫡男・信長の成長が気になるので幾人かの忍びを那古野に派遣してある。――那古野の統治を任せるということは、熱田の湊と熱田神宮からもたらされる銭を任せるということ。それをうまくこなせてみせれば織田弾正忠家の次期当主としての経験を積むことができるし、ゆえにこそ補佐役を兼ねて平手政秀を付けていたのだ。
だが、まさかこの短期間で安宅船二隻を建造できるほどの銭を稼ぐとは……。いくら帰蝶の助力があったとはいえ……。
否。と、信秀は自分で自分の考えを否定した。
帰蝶の『力』がどれだけ優れていようとも、この腹黒がそう簡単に力を貸すはずがない。――織田信長という男の大器。それがあるからこそ帰蝶も信長の妻になることを選んだのだろう。
(信康……。三郎を大器と評したおぬしの目。どうやら確かであったらしいぞ……)
先年の戦の折、織田信長の器にすべてを懸けて戦死した織田信康――弟の姿を思い浮かべ、僅かに涙を浮かべる信秀であった。
ただ、残念ながら。そんな空気など端から読む気のないポンコツが目の前にいた。
「では、尾張と駿河の同盟のために、ここはお義父様にもご足労いただきましょう」
「……なに?」
「ですから、今はちょうど那古野城に今川義元さんが来ていまして。ここでお義父様が那古野に行けば尾張と駿河のトップ会談実現、みたいな?」
トップ会談という言葉は初めて聞いたが、不思議と理解できた信秀である。
「ずいぶんと簡単に言ってくれるではないか。頭と頭が話し合ったからといって、そう簡単に纏まるものではないのだぞ?」
「そうなんですか? 反対する家臣なんてテキトーに理由付けして滅ぼしてしまえばいいのでは?」
「……ずいぶんと簡単に言ってくれるではないか……」
もはや呆れるしかない信秀であるが、この女であればやらかすという確信もある。まったく斎藤道三もとんでもない女をこの世に生み出してくれたものである。
「では、善は急げ。――さっそく那古野へとご案内いたしましょう」
ぱぁん、と。
帰蝶が打った手のひらが、不自然なまでの甲高い音を立てた。
信秀の弟・織田信康さんですが、なんと書籍版の書き下ろしで大活躍するんですよ(ステマ)




