ゲスぅ
まぁ、せっかく地球儀を出したのだし、ここはいっちょ洗脳――じゃなくて教育をですね。
私の考えを読み取ったのか三ちゃんも頷いてくれたので、さぁここからは楽しい謀略タイムです。
「朝比奈様。現在南蛮人は各地の拠点を制圧し、我が日之本へと迫っております」
地球儀上のヨーロッパ、アフリカ、インド、マレーシア、フィリピンを次々に指差さしていく私。まぁ正確に言えばまだ完全には制圧されてはいないけど、こういうときはまず話を大きく分かり易くしてしまうのが肝要なのだ。どうせ真実なんて確かめようがないのだし。
『そういうところです』
こういうところらしい。
南蛮人による地球半周と、そのための各地制圧。
飛び石作戦は戦国時代の人間でも理解できるのか、朝比奈さんが動揺をその顔に浮かべた。
私の説明を三ちゃんが引き継ぐ。
「朝比奈殿もご存じのように、南蛮人は巨大なる船を持ち、数多の鉄砲を所有し、大筒(大砲)まで有しております。我らには教えていない技術も数多いはず。いざ合戦となれば、各地の領主は次々に撃破されてしまうことでありましょう」
「それは、そうかもしれませんが……」
朝比奈さんが答えに窮する。かつてこの国が受けた侵略といえばまず元寇が思い浮かぶけれど、あのときは何とか撃退することができた。
しかし、それは鎌倉幕府という統一政権が各地の武士を動員することができ、さらには北条時宗という傑物が幕府の執権であったからこそできたこと。
今の室町幕府では、各地の武士の統一的な運用などできるはずがない。
「…………」
戦国の武士として。場合によっては将軍にもなれる今川家の宿老として。その危機感を理解できたらしい朝比奈さんが三ちゃんを試すような目で見る。
「若いのに素晴らしき視座の高さ。して、三郎殿はいかにするおつもりなのですかな?」
「――天下に武を布きます」
「ほう? 天下に武を?」
できるのか、という挑戦的な顔をする朝比奈さん。ここで頭ごなしに否定しない辺り、だいぶ三ちゃんのことを評価しているらしい。
「天下に武を布き、日之本の内乱を終焉させ、南蛮との戦に備えまする」
「三郎殿に、天下を治める力があると? もはや80年も戦を続けている、この国で?」
「一人ではできませぬ。なので、今川義元殿の協力が必要となりましょう」
「……はっはっはっ、然り。然り。二国と半分を有する『海道一の弓取り』と、これだけの天守と街道を作り上げる実力のある三郎殿が手を組めば、あるいはできるかもしれませぬな」
「では、」
「うむ、その若さ故の大言、我が殿に話してみましょうか」
「是非、よろしくお願いいたします」
恭しく頭を下げる三ちゃんであった。
これが成功すればおそらく歴史の転換点として長く語り継がれることになるでしょう。感動的だ。涙でそう。万雷の拍手を送りたい。
……まぁ、三ちゃんも本気で『南蛮やべぇ!』とは考えてないだろうし、今川家との同盟を結びたいがためにノリと勢いで喋っているんだろうけどね。
『そういうところですよ、この夫婦は』
プリちゃんから夫婦と認められてしまった。照れるぜ。
◇
朝比奈さんは満足そうな顔をして帰って行った。最後にもう一度カルビ焼きを奢ったのが効いたのかもね。
しかしまぁ、三ちゃんもいつの間にやら平然と嘘をつけるようになったみたいですな~?
『なぜ嬉しそうな顔を?』
夫の成長とは喜ばしいものなのです。
『成長の方向がアレですが』
アレ扱いは酷いじゃない。確かに真っ当な方向じゃないかもしれないけど、戦国時代を生き抜くには必須の能力でしょう?
やったね三ちゃんと私が肘で脇腹を突いていると、三ちゃんは理解できないとばかりに首をかしげた。
「南蛮に危機感を抱いているのは本当じゃぞ?」
「あれそうなの? いつの間に?」
「うむ。小西の小倅から色々と話は聞いておるからな。わざわざ海の外からやって来て奴隷を求めるなど言語道断。今のうちから備えをしておくべきだろう」
小西の小倅というと、小西隆佐君? いつの間にそんな交流が、とは思ったけど、商人として活動しているのだからむしろ私より付き合いが長い可能性もあるのか。
隆佐君に南蛮というかキリスト教の悪行を伝えたのは私。そんな隆佐君から伝え聞いて南蛮に危機感を抱いてしまったのが三ちゃん。
…………。
なるほど! つまり全ては隆佐君が悪い!
『下衆』
解せぬ。
「あとは、この前帰蝶と共に空を飛んでからさらに危機感を抱いたな。日之本の何と小さなことか。明や南蛮の何と大きなことか」
…………。
なるほど! つまり全ては隆佐君が悪い!
『下衆』
げーせーぬー。




