だって腹が黒いし……
私が威圧を解除すると、朝比奈さんは力なく椅子に腰を下ろした。どうやら今川領からの長旅で疲れてしまったらしい。
『そういうところです』
こういうところらしい。解せぬ。
しかしまぁ、声を掛けただけで刀に手を伸ばすとか怖くない? 怖くない戦国時代の人?
『人並みの危機察知能力を持っているだけじゃないですか?』
それじゃまるで私が人並みの危機察知能力を持っていれば即座に切り捨て御免するべきと判断できる化け物みたいじゃない?
『みたい、ではなくて事実そうなのです』
解せぬ。
私ほど安心安全で安牌なセーフティ美少女はいないというのに。解せぬ。
「さて。朝比奈さん。カルビ焼き肉定食はいかがでした?」
いきなり食事の感想を求められるとは思っていなかったのか朝比奈さんが目を丸くする。
「は、はぁ……。いや、牛を喰らうなど信じられませんでしたが、この味であれば納得です。……よもや、民草にもこれを食わせようとしているのですか?」
「はい。今はまだ準備が整っていませんが、いずれはそうなるでしょう」
「なんと、なんという……。今さらながら、失礼を承知して名を伺いたいのですが」
「美濃守護代斎藤道三が娘、帰蝶です」
私としては「なぜ道三の娘が那古野に!?」的なツッコミを期待していたのだけど。朝比奈さんは大して驚いていなかった。なんで?
『狐狸の類いならどこに出ても不思議じゃ無いと思ったんじゃないですかね?』
とうとう狐狸扱いされてしまった。せめて化け物扱い――いや化け物扱いを求めてどうするのか私。
『セルフボケツッコミって悲しくならないんですか?』
プリちゃんの冷たい態度に悲しくなりますね。
「帰蝶……。そういえば、噂はこちらにも届いております。なんでも道三が娘・帰蝶は銀色の髪をしており、薬師瑠璃光如来の化身様であり、秘術によって民草を治療していると。秘術など何とも疑わしいとは思っておりましたが……」
「えぇ、まぁ、治療はしていますね」
「まさか、民草を治療しているのですか? 守護代の娘が?」
「そうですね。最近は人が育ってきたので任せることも多いですが……。では、あとで養生院をご案内いたしましょう」
まずは那古野を案内してあげようと私は立ち上がった。
『案内って……。また何を企んでいるんです?』
なぜ善意の行動の裏を読まれなきゃならないのか。解せぬ。
『日頃の行いです』
解せぬ。それじゃまるで私が年がら年中四六時中謀略謀略しているみたいじゃないの。こんなにも可憐で美しい美少女に向けてひどい言いぐさもあったものである。
『外見だけで中身には言及していない、と突っ込むべきですか?』
そこまで口にするならもう普通に突っ込んでくれればいいのでは?




