閑話 朝比奈さんの受難・3
「お待たせしましたー。カルビ焼き肉定食です」
「ほぉ、かるび、とな?」
「牛のお肉らしいですよ?」
「牛!? まさか、牛を喰らうとは……」
この時代における牛とは重要な労働力。田畑を掘り起こすときに使ったり、荷車を括り付けて輸送に使ったりもする。農民は死んだ牛を喰うこともあるとは聞いたことがあるが……。
これまでの人生で培ってきた常識により、ためらう朝比奈。
しかし、である。
「――なんと良き香りであろうか!」
今まで嗅いだことのない、食欲を刺激するニオイ。なにぶん初めての体験なので上手い表現が思いつかないが、胃袋が握りしめられたかのように音を立てている。
「この『タレ』をたっぷり付けて、白米の上に乗せてからお召し上がりください」
「む? 米の上に乗せて、とな?」
あまり馴染みのない食べ方なので首をかしげる朝比奈。そんな彼に許可を取ってから店員が焼き肉を一枚箸で掴み、米の上に乗せ、肉で米を包み込んだ。
「はい。この状態でお召し上がりください」
「う、うむ。かたじけない」
よく考えれば茶屋で白米が出てくるのも凄い状況であるなと考えながら、朝比奈は米と肉を同時に口へと放り込んだ。
途端に口の中へと広がる肉汁。
「んん!? あんだほれは!?」
口の中に米と肉があるので上手く喋れていないが、あえて翻訳すれば「おお! なんだこれは!?」となろうか。
噛むほどにあふれ出してくる肉汁! 米の甘み! そしてそれらを包み込んで離さないタレの旨味! この肉とタレだけでどれだけの米が食えるだろうか!?
「おかわりは一杯まで無料となっております」
「なんと!? 米を無料で!? 那古野はそこまで豊かであるというのか!?」
「はい。薬師如来様がどこからか大量の米を持ってきてくだされまして。しかも、教えてくださった農法のおかげで今年の米の実りは倍にもなるんじゃないかと」
「なんと、そこまで……。いや、その『薬師如来』という御方には是非お目に掛かりたいものですなぁ」
朝比奈としては雑談としての発言であり、本気でそう考えていたわけではなかったのだが――
「正確には『薬師如来の化身』らしいですけどね?」
――ヤツが来た。
アーメン。アーミン。南無阿弥陀仏。朝比奈の行く末に幸あらんことを。




