第16章 エピローグ 六角の野望
――近江国。
近江守護にして南近江(琵琶湖南部)の領主・六角定頼はその報告を聞き、面倒くさそうにため息をついた。
「そうか、三好の若造(長慶)が動いたか」
「はっ! すでに細川晴元様の側近に対し、三好宗三親子の排除を願い出たと」
「晴元殿の反応は?」
「どうやら無視するご様子」
「――手ぬるい。増長した家臣など適当な理由を付けて処断してしまえばいいものを」
「しかし、晴元様にとって三好長慶は貴重な戦力でありますし、家臣同士の争いという形ですから長慶を一方的に処分するのも……それに、どうやら京や大坂周辺では三好長慶の名声が日に日に高まっているそうで。晴元様も容易には手を出せないのでしょう」
「まずは大義名分を得ようとは、小癪な。あの猪武者な三好一族とは思えぬ。どうやら良き腹心を手に入れたようだな。……しかし、大坂か」
六角定頼としては近畿情勢には直接介入せず、しばらくは近江にいたまま幕政に影響力を発揮したかった。現地勢力にはつぶし合いをさせ、疲弊したところで温存した兵を投入。近畿に平穏をもたらそうと考えていた。
そして、最後の決戦の相手となると予想していたのが……大坂本願寺だった。
だというのに。
大坂本願寺は消滅した。
たかだか新興宗教一つに10万もの大軍を動員したときは気でも狂ったかと思ったが……その10万は敗れ去り、本願寺も大坂の地から追い出されてしまった。
吉兆教。
まるで注目していなかった勢力であり、定頼は急いで情報を集めさせていた。が、大坂も混乱状態にあるのか得られるのは俄には信じがたいものばかり。大地を割って川を作っただの、龍を退治しただの、一晩で城を作っただの……。酷いものではかの『美濃のマムシ』斎藤道三の娘が法主であるという噂まである。
ともかく、急に現れた新興勢力が、一向一揆10万に打ち勝ってしまったのは確かだ。
まるで理解のできない状況に、定頼は内心で焦燥していた。これでは自分が描いていた絵図が全てひっくり返ってしまうではないかと。
本願寺が消滅した以上、三好長慶も気兼ねなく三好宗三に兵を向けることができるだろう。
長慶と宗三を比べた場合、まだ宗三の方が話が分かる。長慶は若く勢いがあるが、だからこそ行動に読めないところがあるのだ。
二人の戦力差から見て、このままでは長慶が宗三を打ち破るだろう。それを防ぐためには、もはや六角定頼が動くしかない。
「……根来衆に連絡を。いつでも出陣できるよう準備をしてもらいたいとな」
「ははっ!」
今までも協力関係にあり、その熟練した兵を頼りにした定頼は……まだ知らない。すでに『マムシの娘』により根来衆は切り崩されていることに。




