29.ブドウ(薬師如来の奇跡)
なにやら十ヶ郷の人たちからの信仰心(?)がうなぎ登りになってしまった。もういっそ新宗教『帰蝶教』でも立ち上げましょうか? 不労所得ゲットだぜ。
『エセ宗教家が嫌いとか言っていたくせに』
実際に奇跡 (魔法)が起こせるのだからセーフ、セーフです。
『人としてだいぶアウトでは?』
ギリギリセーフでお願いしたい。
『ギリギリという自覚はあるんですね?』
まぁ信仰心はとりあえず置いておくとして。重要なのはキラッキラした目で私を見つめてくる市助君だ。どうやら無事お姉ちゃんとしての矜持は守り通せたらしい。
まぁ、お父さんの病気を治してあげたときよりも尊敬の目を向けられている気がするのはどうかと思うけど。うん、しょうがない。男の子って百発百中のガンマンとか好きそうだし。
「うへぇ……」
「怖い人だ……」
「明智殿の活躍が翳んでしまうぜ」
「若様、浮気したら射貫かれるんじゃ……?」
愉快な仲間たちはもう少しひそひそ声を抑える努力をした方がいいわよ?
あと浮気したくらいじゃ射貫かないから。三ちゃんの魅力ならしょうがないから。女の方から寄ってくるから。なんだったら信忠 (予定)を養子にしてもいいわよ?
『ポンコツ……』
正妻 (予定)としての余裕を見せているというのに。解せぬ。
愉快な仲間たちにはあとでお説教するとして。まずは優秀な成績を残した光秀さんと市助君を表彰しましょうか。
『主様のせいでせっかくの活躍が翳んでしまっていますけどね。やはり本能寺……』
やめていただきたい。
とりあえず、光秀さんにはお酒を追加。ワインばかりではつまらないので清酒の樽だ。
ワインとはまた違う酒だと知った犬千代君たちや商人たち、そして密かに平手さんが獲物を狙う野獣のような目になったけど頑張れ。頑張って死守してください。
そして市助君には装飾された火縄銃を。これは今井さんから最初にもらった三挺のうち、私の手元に残しておいたものだ。
市助君が満面の笑みを私に向けてくる。
「ねぇね! ありがとう!」
ぎゃあ眩しい! 可愛い! 尊さで目が潰れる!
『主様は腹が真っ黒ですからね。純真無垢な少年の笑顔を前にして灰になりましたか』
誰の腹が真っ黒か。私も純真無垢だっての。灰になるって吸血鬼じゃあるまいし。
怒濤のツッコミをしていると三ちゃんが近づいてきた。
「光秀にやったのは『わいん』とは別の酒か。アレも甘いのか?」
「甘くはないわねぇ」
酒飲みは『甘みがうんぬん』と語るけど、三ちゃんの望むような甘さじゃないだろう。
「なんだつまらん」
興味なさそうな顔になる三ちゃんだった。清酒争奪戦から三ちゃんを脱落させたのだから光秀さんは私に感謝していいと思います。ビバ☆本能寺回避。
『そういうところです』
こういうところらしい。
やはり三ちゃんの興味を引くにはワイン量産しかないか。南蛮商人と接触して何とかワインに適したブドウの品種を入手――
――あ、わざわざ入手しなくてもいいか。
アイテムボックスからワイン樽を取り出す。犬千代君たちが期待の目を向けてくるけど無視。蓋を開けて、魔法で時間を巻き戻す。
ちょっとした演出でワインを樽から空中に浮かべつつ、魔力を注ぐとワインはだんだんとドロドロになり、やがて固形化して果肉となり、皮によって包まれ、最終的には複数個のブドウとなった。
そのブドウをいくつか手に取り、近くの地面に埋めて――
「――ふんがーっ!」
ちゃぶ台返しのように両手を振り上げる。
「おお!?」
驚愕の声を上げた三ちゃんの目の先にあるのは地面からちょっと顔を出したブドウの芽。その目に向けてさらに魔力を注ぎ込む。
「出ろ~、出ろ出ろ育て~、育て~育てや雲までも~」
『……なんですかその素っ頓狂な歌は?』
葡萄賛歌(作詞作曲☆帰蝶ちゃん)です。
そんなやり取りをしているうちにブドウの木は私が見上げるほどの高さにまで育った。蔓も伸びたので支柱が欲しいけど、今はとりあえず後回し。
存分に魔力を注ぎ込んだのですぐに複数個の実がなった。一つを収穫し、食べてみる。
うん、甘露甘露。
三ちゃんが羨ましそうにしていたので一粒つまんで食べさせてあげる。おぉ、これが巷間の女子が憧れるという『あ~ん♪』か! とうとう大人の階段を上ってしまったわね!
『……その程度で大人の階段とか』
プリちゃん(光の球)に嘲笑されてしまった。解せぬ。
ちなみに。
私の超高速ブドウ育成を見ていた十ヶ郷の皆さんは『へへーっ!』とばかりに頭を下げていた。解せぬ。
『あなたは自覚がなさ過ぎる』
なんか知らんけど、スマン。