閑話 斯波義統
守護邸のある清洲城へ馬を走らせながら、尾張守護・斯波義統は上機嫌さを隠すことができなかった。
――織田三郎信長。
うつけであると聞いていた。
優秀な弟に家督を奪われるのではないかと危惧されていた。
だが、実際に会ってみればどうだ?
あの歳であれだけの城を築いてみせる手腕。
今川義元相手に一騎打ちをしてみせる剛胆さ。
苦労して築いた『天守』とやらを迷いなく献上してみせるしたたかさ。
さらに言えば奇っ怪な術を使うマムシの娘をよく御しているし……『天下布武』を語ってみせた。
なるほどあれが信秀の『次』であるか。
義統の胸に熱いものがこみ上げてくる。
それはかつて自らが見た夢。信秀に託そうとした希望。
――斯波家かつての領国。越前の奪還。
三郎ならばやるかもしれぬ。
かつては信秀に期待したが、斎藤道三によって打ち破られた夢。
だが、三郎は信秀よりも若く。勇壮で。かの斎藤道三の娘・帰蝶を妻として迎え入れた。
しかも尾張一国ではなく『外』を見る器もある。
三郎が味方となれば――取り戻せるであろう。越前を。かつての領国を。あの憎き朝倉の手から……。
くくっ、と義統は喉を鳴らす。
「まさか死日を食わされるとはな」
守護に向けて死日を出す不敵さ。守護すら黙らせる威圧。そして、母親と同じように奇妙な術を使う。なるほどあれこそがマムシの娘なのであろう。
あんな恐ろしき女を妻に迎えながら、なおも平然としている三郎の何と剛胆なことか。
――武者に死日を食わせる。それは常識や慣例の否定に他ならない。
つまり、今までの織田大和守家ではなく、織田弾正忠家を守護代にしろという無言の要求なのだ。何とも回りくどいが、逆に言えば義統が気づくかどうか試されていたのだろう。
そして、義統は見事に狙いを看破し、『神輿』として認められた。
……もしもプリちゃんが聞いていれば『あの人、そこまで考えていないと思いますが』と助言するだろうが、残念ながらこの場にプリちゃんはいない。
くくく、くくくっと義統は笑い続ける。
「死日――いや、マグロであったか。あのマグロは美味かったのぉ」
死日と忌み嫌われていたマグロがあれほどまでに美味かったのだ。
うつけと忌み嫌われていた三郎は、どれほどの男になることやら。
斯波義統は、期待せずにはいられなかった。




