05.魔法使い光秀(?)
「つまり魔法とは妖術邪法の類いではなく、理屈でもって行使される技術なのです」
城に向かう道中、父様(道三)に魔法の解説をした私である。狐狸の類いと間違われたりしたら大変だからね。
「ほぅ? 理屈とは?」
父様は興味深そうに続きを促し、光秀さんも静かに聞き耳を立てている。
「たとえばエゴマに火を付けてもすぐに燃え尽きてしまいます。エゴマ油に加工するからこそ長時間燃焼するようになるのです。魔法もそれと同じこと。空気中にある『魔素』というものを燃料とし、様々な事象を起こすのです」
いやエゴマに火を付けたことはないから本当にすぐ燃え尽きるのかは知らないけどね。『斎藤道三』相手ならエゴマ油を例に出すべきだろう。
私は手のひらを広げ、魔法で火を灯した。
「この火は一見すると何もないところで燃えているようですが、実際は目には見えない『魔素』を燃料にして燃えているのです。極論すれば魔素とは不可視のエゴマ油ですね」
正確に言えば空気中の魔素を魔力に変換して――なのだけど、まぁ説明とは分かり易い方がいいだろう。
「その魔法とやらは誰でも使えるのか?」
「魔素を魔力に変換できるよう訓練すれば可能です。ただ、人には向き不向きがありまして。十年修行してやっとこの程度の火を灯せるようになれる人もいれば、最初からこれより大きな火を灯せる人もいます」
手のひらの上で燃える火を父様の目の前に差し出しながらそう締めくくった私である。
さらに事細かに説明すれば魔法は各属性に分かれているのだけど、まぁ今のところはこれくらい説明すれば十分でしょう。
「ふむ、武芸と同じようなものか」
父様なりに納得したらしい。この人は(伝承が確かなら)油売りの身から一転して武を志し、ついには武士になったお人だからね。才能と努力の重要さは理解しているのだろう。
「わしには魔法とやらの才能はあるか?」
「そうですねぇ、ちょっと失礼します」
私は鑑定眼を起動して父様を視た。このスキルは魔法適正の他に本名や年齢、職業なども一緒に読み取れるのでかなり便利だったりする。
鑑定した結果、父様には魔法の才能がなかった。
「……残念ですが」
「そうか。火種もなく火を熾せるのは便利だと思ったのだが……。光秀はどうだ?」
「へ? 某ですか!?」
聞き耳を立てていたことは父様も気づいていたらしい。『衝撃の事実! 明智光秀は魔法使いだった!?』とか面白すぎる展開なのでさっそく鑑定眼で光秀さんを観察する。彼からしてみたら今私の目は淡く光り輝いていることだろう。
「お?」
馬から軽快に飛び降り、光秀さんの手を取った。別に他意はない。魔力の同調と呼ばれる作業をしようとしただけだ。簡単に言うと自分の魔力を相手の体内に少量流すものであり、才能があればそれだけで魔力や魔素を感じ取ることができるようになる。
と、別に他意はないというのに、
「い、いくら 『いとこ』とはいえ、嫁入り前の娘が男の手を取るなど……」
少し顔を赤くしながら口ごもる光秀さんだった。戦国時代の風習なのかそれとも彼の頭が固いだけなのかどうかは分からない。
まぁとにかく、女の子から手を握られたくらいで赤面する光秀さんは(男だけど)可愛らしかった。
『……正確な記録は残っていませんが、この時点で明智光秀は結婚済みである可能性が高いです。戦国有数のおしどり夫婦なのですから、浮気させるのはどうかと思いますよ?』
手を握っただけでひどい言われようだった。光秀と帰蝶が実は恋仲だったとか小説の読み過ぎである。
内心でツッコミしつつも光秀さんの手に魔力を流してみる。
「――む?」
光秀さんも魔力を感じたらしくムズかゆそうにしている。
「これが魔力です。中々通りがいいですね。修行を積めばそれなりの魔術師になれるかもしれませんよ?」
「修行というと、どのような?」
「まず第一は体内に流れる魔力を感じ取ることでしょうか? それが分かるようになればちょっとしたコツを習うだけで魔法が使えるようになりますよ」
光秀さんなら5年もすれば(元の世界では)田舎の村に一人はいて欲しいレベルの魔術師(便利屋さん)になれるだろうけど……お武家様だものね。怪しげな術を真面目に習得する必要もないだろう。
と、いうのが私の判断だけど。
『史実において、彼はこのあと妻の髪を売らなければならないほどの赤貧生活を強いられます。魔術を奇術として売り出せば、小銭稼ぎ程度にはなるかと』
そんな提案をするプリちゃんだった。彼女は私と違って優しいのだ。
光秀さんの意思を確認すると魔法に興味がありそうだったので暇なときに教えるということで話はまとまった。
◇
稲葉山城は前世知識と同じく山城だった。後の名前は岐阜城。織田信長が天下布武を発した城だ。
さすが堅城として有名なだけあって高いところに立っており『あ、この城を落とすのは無理だな』と直感で理解させられてしまう。攻めるどころか山登りだけで疲労困憊になりそうだ。
ただ、史実では何度も落城しているし、井戸がないので飲料水が雨水だよりだったり各曲輪が狭すぎたりと長期の籠城戦には向いていない城だったりする。
もちろん今は戦国時代なのでロープウェイはないし、お城と聞いて真っ先にイメージする天守もない。かろうじて見える建造物もよくて二階建てだろう。
あと、ちょっと恐い話としてこの城の城主になった人間のほとんどが非業の死を遂げている。唯一の例外は池田輝政だけど、彼の場合は父と兄が身代わりになったから無事だったとかうんぬんかんぬん。
そしてそれは斎藤道三の呪いなのだという。私の真後ろで馬を操っているこの人、後々かなりの人間を呪い殺すらしい。生きているうちも死んだあとも他人に迷惑を掛けまくるとはさすが美濃のマムシである。
まぁその理屈だと『国譲り』した義子織田信長すらも呪い殺したことになるのだけど……オカルトに真面目なツッコミをしても無意味か。
城に入ってからは怒濤の展開だった。
父様が襲われたことを知った家老っぽい人が襲撃者追撃の兵を出したり、私の女中(小間使い)になる人たちを紹介された際、初老の女性が私の姿を見た途端に泣き出したりと中々の騒ぎになったのだ。
そして怒濤の展開は続き。お風呂に放り込まれた私(とは言っても湯船はないサウナだったけど)は全身の汚れを落とされ、いかにも高そうで動きにくい着物を着せられて、化粧ついでに眉毛を剃り落とされそうになったので断固拒否した。お歯黒も断固拒否した。
というかお歯黒とかって既婚女性にするものじゃなかったっけ? 何で自然にやらされそうになったの私?
『諸説ありますが、帰蝶は信長に嫁入りする前に二度結婚していますので』
「いつの間にかバツ2になっていた!?」
前世・今世と恋愛経験絶無だったのに、どうしてこうなった!?