22.火起請
結局。光秀さんへのご褒美授与式は海賊さんたちを巻き込んだ大宴会に発展した。
数々の肴が並べられ、川の対岸の集落からも海賊さんたちが集まってきて、もはや当初の目的がなんなのか分からない有様だ。一応は郷長(市助君のお父さん)の快気祝いということになるのかしら?
もちろん私は三ちゃんの隣に陣取りイチャイチャしていますともさ。私はもう予約済みだから口説こうとするな海賊どもめ。しっしっ。
私が腕に抱きついていると三ちゃんも海賊たちを威嚇していた。俺の嫁に手を出すなってことかしら? 何それ惚れる。惚れ直す。
そんな可愛い三ちゃんにお酌をしていると、宴会の一角がにわかに騒がしくなってきた。まぁお酒の席での乱闘なんて珍しくも――
うん? なにやら人混みの上に槍の穂先が見えるような?
まさか乱痴気騒ぎに武器を持ち込んだ? 人がせっかくイチャイチャしているときに刃傷沙汰とかふざけるな――じゃなくて、怪我人が出ると結局私が治療するハメになる――でもなくて、痛い思いをする人が出たら可哀想なので止めに入ることにした。
◇
現場に到着すると、二手に分かれた男たちが喧々囂々に言い争いをしていた。一方の男性たちは槍やら刀やらを持ちだして物騒なことこの上ない。
近くで見守っている人たちの中に見慣れた男性――たしか十ヶ郷の源三と名乗っていた人がいたので近寄って事情を聞いてみる。
「源三さん、でしたよね? どうしたんですか?」
「へぇ。中郷の連中が山の境界に文句を付けてきやして。ま、境界争いってヤツですな」
よく見ると集団の片方は見慣れた顔が多いので、私たちの世話をしてくれた海賊たち(十ヶ郷の人)なのでしょう。
となると、もう片方の、槍やら弓やらを持ち出しているのが隣の集落 (中郷)の連中なのかしら。
『境相論ですね。中世では農地や山林資源の領有などをめぐって隣り合う集落の争いはよく起こっていたそうで。時には武家を巻き込んだ合戦にまで発展したとか』
怖いな戦国時代。裁判をしなさい、裁判を。
『戦国時代にも一応裁判みたいなものはありましたが――』
プリちゃんの解説の最中、妙に通りがいい声が響いてきた。
「――あいや待たれよ! 争いによって多くの血が流れることは御仏も望まれぬでありましょう!」
うわ。
坊主だ。
いかにもな袈裟を着たリアル坊さんだ。
ややこしいことになる前に雷魔法落としていい? いいわよね? 許されるわよね?
『許されませんって。主様のその坊さん嫌いはどうにかならないんですか?』
坊主が嫌いなんじゃありません。エセ宗教家が嫌いなんです。特に『進まば往生極楽、退かば無間地獄』とかほざいて信者を煽る坊主はまずお前が死ねお前が地獄に堕ちろ以下略。
『略した意味がない、ないですよそれ』
プリちゃんがツッコミする間にも坊主はオーバーな身振り手振りで耳目を集めている。
「ここは仏神に判断を委ねるべき! いざ、火起請とまいりましょう!」
ひぎしょー?
『中世における裁判――というか、神判の一種ですね。簡単に説明すると双方の代表者が焼けた鉄片を素手で握って所定の場所まで持ち歩き、その完遂度合いによって争論の是非を決めたとされています』
何それ野蛮。絶対ヤケドするじゃん。
『ヤケドどころか障害を負うことも多かったそうで。火起請の実行者やその家族は所属集団によって手厚く庇護されたらしいですね』
そこまでしてやる意味は?
『下手をすれば合戦になって双方に多くの死傷者が出ますし、血で血を洗う報復合戦になる可能性もありますから。犠牲者が一人で済む火起請の方がマシという判断では?』
どうしようもねー……。
火起請を持ちかけられた十ヶ郷の人たちは戸惑っていた。そりゃそうだ。美味しい酒と肴で楽しく宴会していたのに『神判だ! 火起請だ!』とか騒がれているのだから。もうちょっと空気読めクソ坊主と中郷の連中。
な~んか面倒くさそうだし、生臭坊主が仕切っているのも気にくわない。ここは私が乱入して酷いことに――じゃなかった、有耶無耶にしてやろうかしらと一歩踏み出そうとすると、
「――やる」
坊主の前に出たのは市助君だった。
まさか、自分がやるって? 火起請を? いくら郷長の息子だからってこんな馬鹿げたことに付き合わなくてもいいと思うけど……。
十ヶ郷のみんなは良識のある大人だったらしく慌てて止めに入る。
「い、市助様! やめてください!」
「こんな無茶に付き合う必要なんてねぇですって!」
「なんならこいつらの首を落とせば解決ですから!」
「あの偉そうな坊主も含めてな!」
わぁお、さすが海の男たち。血気盛んである。良識はあっても容赦はなかった。いいぞもっとやれ。
思わぬ展開になったのか煽っていた(そしてたぶん中郷に入れ知恵した)坊主が蒼い顔をする。いいぞもっとやれ。
ここは十ヶ郷のみんなに加勢するべきかしら。そして坊主に痛い目を見せるべきかしら。私がそんなことを考えていると、
「――はっはっはっ! よいぞ市助! それでこそ我が義弟よ!」
そんな、とても快活で格好良くて可愛らしい声が響き渡った。