閑話 本願寺名物
「――くそっ! どうなっておるのだ!」
大坂本願寺から淀城へ向かっていた顕如は悪態をついた。頼言たちと合流するために淀城に向かってみれば、敗走してくる坊官たちと遭遇したのだ。
いわく、下間頼言は首を取られたという。
いわく、その隙を突いて加賀の連中が謀反。本願寺本隊は散り散りになって逃亡したのだという。
十万の一揆が?
一つの城すら落とせず、逆に総大将の首を落とされたというのか?
俄には信じられぬ顕如であったが、そのまま身を隠しながら淀城へと向かった彼は我先にと逃げる信者を見たし、略奪された村を見たし、我が物顔で大坂本願寺へと進軍する加賀一向一揆の連中を見た。
今の本願寺はまともな守備兵力はないし、そもそも兵を指揮する指揮官もいない。あれだけの数の敵が攻め込めば――簡単に落ちてしまうだろう。
それを止める力は、顕如にはない。
(おのれ帰蝶!)
茂みに隠れながら加賀の連中をやり過ごした顕如は帰蝶に恨みを向けるが、そんな感情であの女がどうにかなるなら苦労はない。
すでに多くの信者や坊官が逃げ出した。顕如の側にいるのは代々本願寺に仕える坊官がほとんどだ。
数こそ減ったが、本願寺の運営に携わってきた者ばかりだ。この苦難を乗り越えれば、どこかで本願寺の再興もできるだろう。
問題は、どこでそれをするべきか。
虎寿がいれば相談できたのに……。そんな思考をしてしまう弱い自分が心底嫌になる顕如。
そんな彼に、側近の一人が提案した。
「顕如様、ここはもはや加賀に行くしかありませぬ」
「加賀だと? それはあまりにも……」
「しかし、他に拠点となりそうな場所もありませぬし、実照らが大坂を占拠するならば、逆に加賀は手薄となります。……ここは加賀へ向かい、態勢を整えるべきかと」
「…………」
悩む顕如であったが、そもそも彼にはさほどの選択肢は存在しなかった。
「……加賀に向かうぞ」
長い、長い旅の始まりだった。




