空を飛びたい男がいました
「え~っと、あなた誰? 骨と皮だった人に知り合いはいないんだけど?」
「これは失礼をば! 拙僧、細川右京大夫政元で御座います! お目に掛かったのはまだ幼少のみぎりで御座いましたから、覚えておられぬのも致し方ないことかと!」
「あ、はぁ?」
拙僧という一人称を使うんだから、お坊さん? でも細川政元って名乗っていたよなぁ? 室町幕府の管領で、将軍すら失脚させた権力者がお坊さんに……? いや、ありえるのか。『道三』や『信玄』は出家後の名前だし。
というか、細川政元って一時は室町幕府の最高権力者だった人でしょう? そんな謙った態度でいいの?
私の表情から心の内を察したのか政元さんが「いやいや」と軽く手を上げる。
「帰蝶様は室町殿(足利将軍)の血を引く御方。なにゆえ細川の血を引く人間が敬意を表さずにおられましょうか」
そんなものかいな?
「さらに言えば、帰蝶様の御祖母様やご母堂には魔法についてご教授いただきましてな!」
「え? 魔法?」
「はい。なんでも異世界の方術であるとか」
「…………」
祖母や、母親ねぇ?
母親――里於奈という人は魔法を使えただろうし、銀髪だったとも聞くから間違いなく私がいた世界に縁のある人間なのだろうけど……。う~ん? 将軍の妾だった人が祖母なのだとしたら、細川政元さんと接点があっても不思議じゃないのかしら?
……あー、なんか面倒い。面倒くさい。
私としてはもう一旦帰ってゆっくりしたい気分なのだけど、対する政元さんはもうノリノリ、これでもかってくらいハイテンションだった。
「その溢れんばかりの魔力! 最初出会った頃とは比べものになりません! さすがは有珠様や里於奈様の血を引く御方でありますな!」
「あ、はぁ……」
もう帰っていい? いいですか? 結局師匠がやって来なかったってことは危険性はないんでしょう?
けれど、政元さんは私をただで帰すつもりはなさそうで……。
「それだけの魔力量であれば――、有珠様や里於奈様でもできなかった――、空を飛ぶことも可能でありましょうか?」
「空を飛ぶ?」
「はい! 有珠様は元の世界でできていたそうですが、この世界は魔素というものが薄く、実現は難しかったと」
ふ~ん? そんなことも無いと思うけど。実際私は問題なく魔法を使えているし。……本当は使えないのに、ちょっと異世界に来て強がっちゃったとか?
『あなたの祖母ですし、あり得るかと』
私がいつ強がりを口にしたというのか。私はできないことは口にしません。そもそもできないこともあまりないし。
『……普通の恋愛もできていないくせに』
言葉のナイフでブスッとしてくるの、やめてもらえません?
「失礼を承知でお伺いしますが、帰蝶様は、空を飛ぶことができますでしょうか?」
「あー……」
別に嘘をついても良かったんだけど、ほら、私って善属性だから。真っ正面から礼儀にかなった質問をされると断り切れないのよね。
『そんな平然と嘘をつかなくても』
私が属性・悪みたいな物言い、止めてもらえません?
『悪……?』
私が属性・極悪みたいな以下略。
ま、とにかく。
礼儀正しく問われたのだから答えましょうか。
「こんな感じですか?」
洞窟の中なので、ちょっとだけ。ほんの少し飛翔魔術を起動して地上から30cmくらいの高さを飛ぶというか浮かんでみせる私だった。
「おお!」
目ん玉飛び出るくらい目を見開く政元さん。大丈夫? 復活したばかりなんだからほんとに飛び出ない?
『……そうやって気軽に人の願いを形にしてみせるから……』
なぜかプリちゃんに呆れられてしまった。人の願いを叶えるのは良いことじゃないんかい。解せぬ。
「帰蝶様!」
ガバッと土下座してくる細川政元さん。いやあなた元管領でしょう? 偉い人でしょう? こんな小娘に頭下げていいんですか?
『小娘?』
どこに疑問に思うところがあるのですか?
私とプリちゃんがいつも通りのやり取りをしていると、
「――是非! 是非にも拙僧を弟子にしてくだされ!」
断られたら切腹して果てるくらいの勢いで頼み込んでくる細川政元さんだった。
『まぁ、細川政元にとって、『空を飛ぶ』というのは歴史に記載されるレベルの願望ですからね……』
ふーやれやれと肩をすくめるプリちゃんだった。プリちゃんは光の魂だから肩なんてないけどね。




