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閑話 地獄を攻める


「な、なんじゃ、あれは……?」


 本願寺方の総司令官、下間頼言は天地を裂かんほどの轟音に驚き、帷幕から飛び出て――愕然とした様子でその光景を見つめていた。


 先日の堺攻めの時もひどかった。次々に巻き起こる旋風が信者たちを吹き飛ばす、地獄としか思えない光景だった。


 しかし、今思えば、あの程度は地獄でも何でもなかった。


 眼前で繰り広げられているのは、まさしく地獄。

 雷鳴もかくやというほどの爆発音。それが連続して巻き起こっている。


 城から飛来する何か(・・)は荒ぶる神鳴(かみなり)のように縦横無尽に空を駆け、一度地面に落ちれば易々と信者たちを吹き飛ばし、肉片に変えていく。


 それでも十万という信者の数からすれば大した被害ではない。数十人、あるいは百人単位で死んだかもしれないが、数千というわけではないのだから。全体から見ればごく僅かでしかない。


 あの城の水堀は大きいが、信者たちの死体で埋めてしまえば十分乗り越えられる程度だった。

 そうして信者たちが水堀に取り付いたところで――城の壁が、一斉に火を噴いた。


 堺を攻めた時のように、鉄砲が使われたのであろう。

 だが、その数も、その威力も桁違いだった。


 腕に当たれば腕が千切れ、足に当たればもはや二度と歩けなくなる。胴体に当たればその部分が抉り取られ、頭に当たれば脳漿を周囲にまき散らす。


 この世の地獄だ。


 我らは薬師如来の化身の住処を攻めているのではない。地獄の閻魔大王が死者を裁く

閻魔庁を攻め立てているのだ。


 ならば、たとえ死んでも極楽へいけるはずもなく――


 ――否。

 そんなことは分かりきっているではないか。


 たとえ信者が千人死んでも、敵が潰走すればいい。一万人死んでも、城を落とせればいい。そうして本願寺は敵対勢力に『恐怖』を植え付け、ここまで大きくなってきたのだから。


 今回もそうすればいいだけ。

 ゆえにこそ、頼言に今さら迷いはない。


 信者たちは頼言が指示を飛ばすまでもなく各々の判断で水堀を越えようとして……。


「……信者らの動きが悪いな? 何かあったのか?」


「確認します」


 頼言の副官が前線へと向かい、しばらくしてから戻ってきた。


「我が方の足軽頭、足軽小頭が続々と討ち取られております」


「狙い撃たれていると?」


「は、被害の数からして、おそらくは」


「うむぅ……」


 今回の戦において、足軽頭には4人の足軽小頭を付き従わせ、足軽小頭は30人を引きいらせている。現代(・・)でいえば足軽頭が中隊長、足軽小頭が小隊長といったところか。中隊員120人が1人の足軽頭の指示で動くことになる。


 有象無象である信者たちを統率し、効率的な戦闘を行わせるのが足軽頭や足軽小頭だ。

 もちろん、一向一揆の性質上、陣形を組んで熟練した動きをさせるのは難しいので、他の戦国大名に比べれば足軽頭・小頭の重要性は低い。いよいよとなればひとまとめにして突撃させればいいのだから。


 しかし、たとえば最前線の部隊をどの程度で交代させるべきか、あるいは城のどの部分を集中して攻めさせるかなどの判断は専門の指揮官教育を受けた者がやったほうがいい。

 現在一揆勢は水堀に対して考えなしに信者の死体を投げ込んで埋めようとしているが、あのように散発的に投げ込んでいてはいつまで経っても堀は埋まらない。広い視点を持つ指揮官が指示を出し、効率的に一カ所を埋めていかなければ……。


 このまま考え無しの力攻めをしても勝てはするだろう。

 だが、頼言はこのあと摂津・河内の信者に対する軍事行動も命令されている。兵力の無駄遣いは避けなければならない。


「……一旦攻撃を中止し、部隊を再編させるぞ。その後は夜襲を行う。攻め手を三つに分け、夜を通して絶え間なく攻め立てるのだ」


 今一向一揆が城攻めを中断すれば、城内の士気は上がるだろう。調子に乗って酒宴を始めるかもしれない。


 そんな弛緩した空気の中に、夜襲を仕掛ける。


 一度切れた集中力はそう簡単に戻りはしない。

 それに、城内の兵士がどれだけいるかは分からないが、一向一揆よりは遙かに少ないだろう。


 こちらは交代制で十分な休息を取れるのに対し、籠城側は少ない兵力で常に戦闘を強いられることになる。満足に休むこともできず、眠ったとしてもすぐにたたき起こされる。そんなことを数日続ければ、相手は心も体力も摩耗し、あとは勝手に瓦解するだろう。


「さすがは頼言殿ですな。では、さっそく部隊の再編に取りかかります」


 副官は深く頭を下げてから攻撃中止の命令を伝達した。



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