閑話 狂信者(味方)
「――我らが殺めるのは人ではない! 人間道に生まれながら、瞋恚に惑わされ、自ら修羅道に堕ちた者たちである!」
「おう!」
「我らは仏ではない! 修羅道に堕ちた者を救う手立てはなし!」
「おおう!」
「薬師如来が化身であられる帰蝶様に弓を引き、刃を向けるなど言語道断! その悪業! その罪業! 自らの命で償わせるしかあるまい!」
「おおおぉおおぉおおおおっ!」
根来左太仁の大演説を受けて、根来衆たちが気炎を上げる。
帰蝶様には恩がある。
それは根来の人間すべてが感じるべき恩だ。
あのまま赤斑瘡(麻疹)が広まっていれば根来は大きな被害を受けていたことだろう。多くの寺院・僧坊があつまり人口密集度の高い根来だからこそ、感染症の拡大は他の人里よりも早い。
そんな赤斑瘡を帰蝶様は一瞬で消し去ってくだされた。
――赤斑瘡とはただの病ではない。
古くより、赤斑瘡は神気の現れとされてきた。
つまりは、神による病。神による祟り。
ゆえにこそ、密教僧がよく行う加持祈祷では効果がないとされてきた。なにせ加持祈祷とは『邪気』を祓うもの。『神気』による祟り・赤斑瘡を祓うことはできないのだ。
しかし、帰蝶様は見事に赤斑瘡を祓ってくだされた。
それこそが、帰蝶様が『本物』である証。本物の聖者。本物の化身である証拠。
……いいや、もしかしたら、我らが恐縮しないよう偽りを述べられているだけで、実際はまごう事なき本物――
ならば我らに恐れなし。
今まで傭兵として多くの人命を奪ってきたのも、その経験から腕が鍛え上げられてきたのも、すべてはこのときのため。今このとき帰蝶様の力となるために仕組まれていたのことなのだ。
我らが武勇は、このときのため。
我らが鉄砲は、このときのため。
我らが命は、このときのために。
◇
帰蝶の直臣・雑賀孫一と鳥居半四郎は、今にも敵を引き裂きそうな勢いの根来衆を少し離れた場所から眺めていた。
「いやぁ、根来の連中、見事な信仰心ですな」
気安くありつつも敬意を込めた声で半四郎が孫一に語りかける。半四郎からすれば孫一は自分の子供のような年齢であるのだが、その鉄砲の腕を認めているからこその丁寧な対応であった。
「……ん、こっちも負けてない」
言葉少なく。されど確固たる意志を込めて孫一が答える。
「……ですな」
そう、信仰心ならばこちらとて負けてはいない。
鳥居半四郎は、あのままでは火起請で『神を騙した』咎でなぶり殺され、死体は引き裂かれていたことだろう。妻と子供もどんな目に遭うか分かったものではなかった。
しかし、そんな半四郎家族を帰蝶と信長は救ったのだ。
孫一としてもそう。あのままでは父親が病死していたかもしれないし、もし回復しても『大坂からやって来たお坊様の祈祷のおかげ』として本願寺に感謝し、雑賀の郷にはさらに一向宗が深く根付いたことだろう。
本願寺の非道を知った今となっては、それがどれだけ恐ろしいことであるか理解できる。彼らの自分勝手な教義に巻き込まれ、雑賀の者も多くの命を散らすことになっただろう。
――帰蝶がいなければ。
彼らは、今よりも確実に不幸になっていただろう。
ならば、それに報いなければならない。
恩義には報いなければならない。
そのためならば、ここで命を散らしても惜しくはない。
それはもはや、まごう事なき信仰心であった。
……帰蝶を戸惑わせたくはないので、口にこそ出さないが。
「我らには小西隆佐殿のような頭はありませぬし、長尾景虎殿のような軍才もなし。できることといえば鉄砲を撃つことだけですか」
「ん。一人一人着実に。偉そうな人間から撃っていけばいい」
「……はは、さすがは雑賀衆。容赦がありませぬな」
だが、分かり易い。
どうせ同じ鉛球を飛ばすのなら、少しでも偉い人間に叩き込んだ方がいい。
そうとなればと半四郎は孫一と一旦別れ、手頃な狭間から『獲物』を探し始めた。




