閑話 10万動員
――本願寺。
実質的な指導者である蓮淳はその知らせを聞いて絶句した。
「い、一日で城ができたと?」
「はっ、派遣した忍びの報告が確かならば」
「うぅむ……」
普通であれば忍びの報告を疑うところ。だが、里於奈であればあるいは……。
いや、いくら彼女でもさすがに城を建てるほどの力はなかったのだから、おそらくは築城作業を上手いこと隠していたのだろう。彼女は幻覚を用いることができるし、そう考えれば信者の幽霊が出たというのも築城から意識を逸らすための幻覚である可能性も……?
どちらにせよ、城を作られたからには早急に対応しなければ。
ひとくくりに『城』と言っても、何代もかけて築き上げられた難攻不落の城や、小高い丘に臨時で杭を立てただけのものもある。そして、新淀川ができてからの短期間で築いたのだから、それほど本格的な城ではないだろう。
蓮淳の推測はそこまで突拍子がないわけでもないし、理論理屈で考え得る正常な判断と言えた。
ただ、彼の不幸は、突拍子がなく、理論理屈を勧んで破壊するポンコツが相手だったことか。
ともかく、今はまだ本格的な城ではないと判断したのだから、その判断を基準に動くことになる。
城というのは時間を掛ければ掛けるほど強固になっていく。ならば今のうちに兵を集め、落としてしまった方がいい。
「――信者を集めよ。里於奈がいるのだ、万が一があるかもしれぬ。十万を目標に加賀や長島からも動員しろ」
その命令に蓮淳の側近である僧が目を丸くする。
「じゅ、十万で御座いますか?」
「うむ。里於奈が怪しき術を使うならば、十万の一揆で囲んでしまえばいい。さすれば勝機無しとみて降伏してくるだろう」
「…………」
十万集めろなどと簡単に言ってくれる。それだけの信者を食わせるだけの米がどこにあるというのか。持参させるにしても、数日が限界だろう。それを食いつぶせばあとは周辺からの略奪しか手はなくなる。
かつての錯乱によって10万20万と膨れあがった信者たちが暴走、結果として幕府と法華宗を敵に回し、以前の本拠地である山科本願寺が焼き討ちされた苦い記憶を忘れたとでも言うのだろうか?
10万の兵を集めても、それを統率することは法主でも難しい。それが代替わりをしたばかりである顕如であれば尚更に。
――本願寺滅亡。
二度も錯乱を起こせば、今度こそ本願寺は畿内中の勢力を敵に回し、徹底的に滅ぼされるだろう。
その可能性を危惧した側近の男が何とか蓮淳を宥めようとする。
「し、しかし、城を建てたと思しき者とは、公方様を仲介とした和睦をするのでは?」
「公方様が望まれたのは、あくまで堺との和睦。堺にさえ手を出さなければ問題はない。……それに、いくら公方様とはいえ、十万の信者を前にして文句を言えるはずもなし」
「十万ともなりますと、集めるのに少々お時間をいただきます。五千や一万であれば、すぐにでも可能ですが……」
「構わぬ。城が完成してから数ヶ月、いや数年かけて落とすよりは増しであろう」
「…………、……はっ、それでは信者を動員いたします」
もはや否定の言葉も思いつかぬ側近が頭を下げたところで――
「――蓮淳様。証如様がお目通り願いたいと」
蓮淳が軟禁した孫。前の法主である証如がそんな言付けを寄越した。




