閑話 死亡フラグ
――伊勢長島・願証寺。
願証寺の住職、証恵は側近たちを集めていた。
「……本願寺から援軍要請があった」
「ほぅ? また堺攻めですか?」
「しかし、堺とは公方様を仲立ちとした和睦をするはずでは?」
「いや、淀川の流れを変えるつもりらしい」
「つまり、普請(土木工事)と?」
「そんなことのために、わざわざ長島から?」
「いや、城攻めらしい」
「城攻め?」
「なんでも淀川の流れの分岐点に一晩で城ができたらしい」
にわかには信じがたい証恵の言葉。
だが、願証寺の人間は、一晩どころか一瞬で城の土台となる普請を終えてみせた女性を知っていた。
「吉兆様、でしょうか?」
「おそらくはそうだろう。あんな御方が二人もいるなど考えたくもないからな」
「……その吉兆様だが、どうやら本願寺と対立している『吉兆教』の法主と同一人物であるらしい。さらに言えば、美濃のマムシの娘『帰蝶』の別名であると」
「ほぉ。それは、蓮淳様はご存じなのですか?」
「いや、おそらくは知らぬだろう。いくら蓮淳様でも美濃の姫のことなど気に掛けていないはずだからな」
「……『帰蝶』といえば、あのとき吉兆様と一緒にいた者。織田弾正忠家の『うつけ』三郎信長かと」
「ならば婚約の噂、真であるか」
「美濃と尾張の同盟。今川も、織田との和睦を模索しているという噂もあります」
「となると、次に弾正忠が狙うのはこの長島。そして伊勢であると?」
「噂ではありますが、長島城には織田信光が入るようで」
「織田家随一の勇将ですな」
「もしものとき、厄介な敵となりましょう」
「おいおい、滅多なことを言うでない」
「そうよ。信光だけでも手強いのに、あの妖魔がおるのだ。二心など抱けば即座に踏みつぶされよう」
「しかし、本願寺に援軍を出せば、吉兆様に『敵』と見なされましょう」
「おそらくは蓮淳様が攻めるという『城』も、吉兆様の仕業でしょうからな」
「だが、本願寺に援軍を出さぬとなると、相応の理由付けが必要かと」
「そこはほれ、頭を使うのじゃ。――織田弾正忠が長島城を落としたことにより、願証寺とは一触即発の状態。むしろこちらが援軍を出して欲しいくらいだと返事するのよ」
「ほほぉ。それならば蓮淳様も無理強いはしませぬか」
「……あの御方のことだ。後々報復をしてくるやもしれぬぞ?」
「さすがの蓮淳様も孫(証恵)に対してそこまでのご無体はしますまい」
「……いや、本願寺の縁者に確認したが、帰蝶様のおっしゃったように、証如様を軟禁したのは事実らしい」
「なんと、」
「法主――いや、前法主様は実の孫であろうに……」
「耄碌したか?」
「元々であろう」
「ならば、決断の時か」
「蓮淳様に従って援軍を出すか。吉兆様に義理を通すか」
「……いや、そう答えを急がずともよいのでは?」
「と、申されますと?」
「まずは吉兆様が一向一揆を退けられるか。それを確かめてから御味方する勢力を決めても遅くはないでしょう」
「なるほど」
「とりあえず今回は信秀対策という名目で援軍を出さず、次からは勝った方につくと」
「願証寺を守るためですからな」
「どちらにつくかは冷静に見極めませんと」
「では、それで」
「そういうことで」
そういうことになった。




