交渉
「はははっ、帰蝶様は博識で御座いますな」
私の熱き語りに感じ入る久っちであった。
『いえ、スルーしているだけでは?』
≪いちいち反応するのも面倒くさいから、流し始めたか。まさかこうも早く帰蝶攻略法を見つけるとは……≫
解せぬ。
「帰蝶様であれば重々ご理解いただいておりますでしょうが、この大坂の地はかねてより様々な勢力が入り乱れ、凄惨な戦が数多く起こってまいりました」
『この時代の大坂というか近畿情勢は……説明しにくいですね。名字が同じ人が何人も出てきますし。しかも名前まで似てますし。『お前どっから出てきたん?』という人が突如として登場しますし。裏切り騙し討ちは朝飯前。味方がやらかせば平気で敵方と手を組みますし。そもそも三好長慶にしても親の仇である細川晴元や大坂本願寺と協力関係にありますし。……近畿情勢は複雑怪奇』
プリちゃんが内閣総辞職(?)してしまった。おのれ許さんぞ近畿の諸勢力。攻撃魔法で薙ぎ払ってくれる。
『止めなさい』
≪止めんか≫
「止めなさい」
プリちゃん、玉龍、師匠によるトリプルツッコミであった。
ちなみに久っちがいるので、師匠と玉龍は姿を消した状態でのツッコミである。わざわざ茶室の中にまでついてきて。そこまでしてツッコミしたいんですか師匠……。
「ツッコミじゃなくて、世界の崩壊を防いでいるんだよねぇ」
大げさな師匠であった。まったく、それでは私が攻撃魔法の力加減に失敗して『すぱーん』とやりかねないみたいじゃないか。ちなみに何を『すぱーん』とするかは部外秘です。
それはともかく。こんなやり取りがされているとは知る由もない久っちが話を続ける。
「そして、斯様な情勢に心を痛めております筑前守様は、近畿の地に太平をもたらし、足利将軍の治世によって天下静謐を取り戻そうと決意したのです!」
あ、はぁ、そうですか。
なんかこう、『実力はあるのに天下人にならなかった』というイメージ通りの三好長慶である。ぶっちゃけ言うと甘すぎる。
でもまぁ、別にいいのでは?
いずれは三ちゃんが征夷大将軍になって織田幕府を開き環太平洋連合帝国を築き上げるのですから、それまではお好きになさったらどうですか?
『まだそのダサい名前の帝国を夢見ていたんですか……?』
ダサいとは何じゃい、ダサいとは。パクス・ロマーナをパクった――じゃなくて、リースーペェークゥートゥーした素晴らしいネーミングだというのに。解せぬ。
「天下静謐のために。帰蝶様にもぜひご協力いただきたいのです」
「協力、と言いますと?」
「いきなり筑前守様に同心(味方)して欲しいとまでは申しませぬ。ですが、筑前守様の敵にもならないでいただきたいのです」
「中立の立場を取れと?」
「帰蝶様も、そちらの方が都合がよろしいのではと」
「…………」
まぁ確かに。大坂本願寺と喧嘩(オブラート以下略)している今、将軍やら守護代やらが出てきても面倒くさいことになるだろうし。少なくとも三好の方から喧嘩を売ってこないという確約を得られるのは助かるかもね。
でも、そんなのはこちらの利点にはならない。私がそうであるように、三好だって敵を増やす余裕なんてないのだから、元々こちらが攻められる危険は薄いわけだし。
だからこそ私は問う。
「その場合、私のメリットは?」
「……めりっと、とは?」
「中立の立場を守ったとして、私に何の得がありますか?」
短気な人なら怒ってもおかしくはない物言い。
しかし、久っちは平然とした様子で改めて頭を下げてきた。
「……筑前守様が実権を握りましたら、淀川運河の関銭(通行税)徴収権付与をお約束いたします」
なんとも豪勢な空手形であった。




