久っち
津田宗及さんの茶室で、松永久秀さんと会うことになった。
まぁ茶室と言ってもこの時期はまだ広めの部屋なんだけどね。
茶室の中で先に待っていた松永久秀さんは……なんというか、普通のおじさんっぽく見えた。
いや身長は高いし、戦国武将らしく引き締まった肉体をしている。けれども高身長である割には(たとえば前田慶次君のような)威圧感はないし、穏やかそうな雰囲気を纏っている。
松永久秀と言えば白髪で、ガリガリで、獣のような眼光をしているイメージがあったんだけど……うん、やっぱり普通のおじさんにしか見えない。
しかし私の直感というか人生経験は最大級のアラームを発していたので、たぶん父様の同類でしょう。『なぁんだ意外と普通の人じゃーん』と油断すると後ろからブスッとしてくる系の人だ。
「いや、これはこれは。まさか噂に名高い薬師如来の化身様にお目にかかれるとは……!」
人好きのしそうな笑顔を向けてくる松永久秀さん。通称・久っち。
『またとんでもないあだ名を付けている……』
ええやん久っち。あの穏やかそうな顔つき・優しそうな目つきの奥底で僅かに覗かせたマムシのような眼光を表現するのにぴったりなあだ名じゃん、久っち。
『ネーミングセンスが絶無……』
解せぬ。
「久っちは今は三好の長慶さんに仕えているんでしたっけ?」
「ひ、久っち……? は、ははっ、過分ながら三好筑前守様のお側に侍らせていただいておりまする」
「いやぁ、まさか、かの有名な爆弾正さんとお茶をする機会に恵まれるとは!」
「ば、ばくだん……? は、ははは、帰蝶様は愉快な言葉遣いをなされますな。もしや南蛮の言い回しでしょうか?」
私のアレな発言に怒ることなく穏やかに笑う久っちであった。タヌキか、キツネか。あるいはマムシ2号か。
『マムシ2号はあなたのことじゃないですか?』
私のどこがマムシだというのか。むしろ天高く舞い上がる龍のような気高さを有しているというのに。
≪……いや、同類扱いはちょっと……≫
玉龍から真顔で拒否されてしまった。解せぬ。
そんなやり取りをしている間に、久っちは手慣れた様子でお茶の準備をし始めた。今回のホスト役は津田宗及さんだと思うのだけど、なんか自然な流れで久っちがお茶を淹れてくれるみたい。当初の規模より縮小したっぽいし、まぁそういうこともあるでしょう。
魅入ってしまうような見事なお手前で茶を点て、平べったいお茶碗を差し出してくる久っち。
『そういえば、松永久秀にも毒殺した説がありますね。長慶の嫡子・義興や、弟の十河一存も。まぁあくまで俗説であり証拠はありませんが』
どうしてプリちゃんは人がお茶を飲むときに限ってそういう話を切り出すのか。父様がお茶を出したときもそんな話をしていたわよね?
≪毒くらいではどうせ死なんのだから、ぐいっといけばよかろう?≫
親友からの雑な扱いに心が死にそうなんですが?
まぁいいやと茶碗を手に取り、(美濃のお姫様として習った)作法でお茶を飲む。
――にっがい。
うわ、にっが。なんじゃこれ。わざとじゃなきゃこれほどの苦さになならないレベルの苦さだ。苦苦だ。なんかもう苦すぎて苦さがゲシュタルト崩壊してしまいそうな苦さだ。
「……同じ顔でありますな」
と、つぶやく久っちであった。なんか父様もそんなこと言っていたな。私にわざと苦いお茶を飲ませて、子供の頃の私と同じ反応をしたことを楽しんでいたっけ。
あれ? ということは、久っちに昔会ったことがあるとか? いやでもまさかなぁ。子供の頃から斎藤道三と松永久秀と関わりのある人生とか嫌だなぁ。なんやかんやで最後の一人とも関わりがありそうやん。
『ちなみに三大梟雄は宇喜多直家を入れる説と、北条早雲を入れる説がありますね』
あー、五人揃って龍造寺四天王、的な? そして父様と久っちは確定で入ってくるらしい。
『……あくまで俗説ではありますが、斎藤道三と松永久秀が同郷という説もありますし。そうであれば子供を会わせても不思議じゃないかもしれませんね』
戦国の三大梟雄が同郷とか、嫌すぎる俗説である。




