閑話 蓮淳の苦悩
――大坂本願寺。
本願寺の実質的な支配者、蓮淳は頭を悩ませていた。
一向一揆の精鋭を動員したというのに淀川の流れを元に戻せなかったためだ。
大坂に水が流れなければ水運から得られていた莫大な銭が失われたままになってしまう。
もちろん信者からの寄進・寄付が減ったわけではないのだが……守銭奴としては『減る』という状況が許せないのだろう。
さらに言えば京都への水運を握れなくなれば、京都への影響力も低下してしまう。
かといって、無策のままもう一度攻め込むのも悪手だ。三好と遊佐の和睦によって近畿には平和が訪れると思われていたが、細川晴元が台無しにしてしまったためだ。
近畿情勢がまた乱れそうな気配がある中、これ以上一揆の浪費をするわけにはいかない。特に、法主の代替わりをしたばかりで混乱している今、大規模な動員は難しいのだから。
(いや、吉兆教とやらの本拠地襲撃は成功したし、里於奈の存在を確認できたのだから成果としては十分か)
蓮淳はそう自分を慰めるが……もちろん、帰蝶の本来の名前はリーリスであり、里於奈ではない。
だが、それを蓮淳に教えることのできる人間は本願寺にいなかった。
そんな事実を知る由もない蓮淳は誤った前提で思考を重ねる。
里於奈が堺にいるならば、これ以上堺に手出しをするのは得策ではない。あの不可思議な『術』に対抗しようとするならば、本気で万単位の信者を動員しなければならないからだ。
無論、あの帰蝶が本気を出せば十万二十万の信者を動員しても……という話なのであるが、魔法使いとして常識の範囲内にあった里於奈しか知らない蓮淳からすれば、帰蝶の規格外さを予想することはできない。
蓮淳がまず真っ先にするべきだと判断したのは、堺との和睦と淀川の流路変更。
堺については将軍からの和睦提案があったので、それに乗ればいいだけのこと。たとえお飾りとはいえ、名目上は幕府の頂点。十分な大義名分となる。
あとの問題は……淀川の流路変更。
(まずは淀川に忍びを派遣するか)
突然飛来したという飛礫とはどの勢力のものか。どれだけの戦力があるのか。噂通り里於奈に関係しているのか……。
いくら里於奈であろうが噂のように運河を作るほどの術は使えないのだから、関係している可能性は低いか、大水(洪水)の被害を上手く利用したのであろうと蓮淳は考える。
(それに、大した問題ではない)
たとえ里於奈が関わっていようが、里於奈の本拠地が堺である以上、本願寺が堺を襲撃するような動きを見せれば、里於奈は堺を守るため堺に留まらなければならないのだから。
あとは――
「――蓮淳様! 天狗です! 再び天狗が現れました! 倒木で湊までの道が塞がれたのこと!」
「……あの、祐珍とやらか……」
蓮淳の悩みは付きそうにない。




