閑話 柳生
「――見事なものよな」
覚行の大演説を受け、堺へと移動し始めた信者たちを眺めながら柳生家厳は自らの顎を撫でた。
配下の忍びが地面に片膝を突きながら同意する。
「はっ、まことに見事な口八挺。拙者にはただの少年にしか見えませんでしたが……あの帰蝶という女、恐ろしいほど人を見る目がありますな。唐の国にかつていたという劉備玄徳もかくやというほどの……」
「それもあるが、あの短期間であれほどの『狂信者』を作り上げてしまった」
「……あの女性、やることなすこと『奇蹟』の連続ですからな。信仰を得るのも不思議ではないでしょう」
「いや、やはり恐ろしい女よ」
「……と、申しますと?」
「ただ『力』を見せただけでは、その『力』を利用しようとする者が集まってこよう。しかし、あの女にはそのような人間が寄ってこない。どういう絡繰りかは知らぬが、そのような連中が集まらぬようにしているのだろう」
「……そう言われてみれば、あの女性の周りにいるのは『善人』のみ。いくら何でも偶然にしては出来過ぎております。が、それが狙ってのことだとしたら……」
「斎藤帰蝶。恐ろしい女よ」
無論、帰蝶はそこまで考えていない。柳生さんの考えすぎである。
そもそも悪人であろうが帰蝶の前では大人しくなってしまうだけであるし、帰蝶自身が善人とは似ても似つかないアレなのだから。
しかし家厳と部下の誤解は止まらない。
「殿(木沢相政)があの女に仕えると聞いたときは正気を疑ったが……やはり、我が殿には運が向いておる。このまま斎藤帰蝶に味方し続ければ、御家再興も夢ではあるまい」
「いずれは何処かの城を任せられるやもしれませぬな」
「下克上をするわけにもいかぬし、そこまで行ければあの世で友に顔向けできるな」
「……しかし、碌な準備も整っていない状態で本願寺と対立とは……」
「問題あるまい」
家厳はさして気にしてないように断言し、
「――狂信者には、狂信者をぶつけるのが一番だ」
そっとつぶやいた家厳は、状況確認のために忍び数人を残して堺へと移動し始めた。




