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閑話 少年は決意する

 


 ――悩んでいた。


 堕落した僧侶。平気で人を騙す商人。農民を搾取することしか考えない領主に、権力争いばかりしている将軍……。


 弱き者は見捨てられ、強き者がのし上がっていく地獄のような世界。


 戦乱の世はいつ終わるのだろうか?

 いつまで人々は争い続けなければならないのだろうか?


 悩む隆佐に最近二つの出会いがあった。


 一つ目は、南蛮や明からの物品を運んでくる南蛮商人たち。彼らから伝え聞く、質素倹約を旨とする『伴天連』の教えは堕落しきった日の本の仏僧に辟易していた隆佐には輝いて見えた。


 そして、もう一つの出会い。


 出会いのきっかけは生駒家宗が持ち込んだ高品質な薬。美濃のお姫様が作ったと聞いたときは半信半疑だったが、効能は確かなものだった。


 これは取引を拡大しなければならない。

 父親が半身不随になったばかりの隆佐にとって初めての大きな仕事であった。


 相手は『美濃のマムシ』の娘。下手を打てば命はないだろう。そこまで行かなくても美濃で二度と商売ができなくなる可能性は十分にあったし、他の薬種問屋があの薬を扱えば小西党にとって少なくない損害が出るはずだ。


 失敗は許されない。

 不安を抱えながら美濃に到着した隆佐は美濃のお姫様――帰蝶と面会するために、元は家宗のものだったという屋敷に通された。


 ――美しい人だった。


 彼女こそ、伴天連の伝える『天使』なのであろうと隆佐は半ば本気で信じてしまった。信じてしまえるほど美しい見た目をしていた。


 そして。

 帰蝶の美しさは外見だけではなかった。


 予想外の薬の値下げ交渉。自分が損をしてでも薬を多くの民に届けたいという高潔な意志。そして――御仏の奇跡としか考えられない『阿伽陀』の無償提供……。


 一度飛騨まで足を運んだ帰り道。生産された薬を受け取りに再び帰蝶の屋敷を訪れた隆佐はさらに驚かされることになった。


 屋敷には多くの人間が集まっていた。片腕がなかったり片足を失っていたり。中には両足を逸失している人もいた。一見すると四肢が健在の人でも腕を動かしづらそうにしていたりする。


 普通なら見捨てられる人間たちだ。

 働くこともできず、乞食に身をやつし、顧みられることもなく死んでいくだけの存在だ。


 そんな人間たちが、仕事をしていた。

 足のない者は薬研を使い。手のない者は生薬を運び。その他、紙袋作りなどそれぞれがそれぞれの障害に適した仕事をこなしていた。


 全員、帰蝶を頼ってこの屋敷に来たのだという。

 全員、帰蝶が仕事を与えたのだという。


 隆佐は希望を見た気がした。

 彼女であれば、この戦国の世に差す一筋の光になってくれるのではないかと胸が高まった。


 彼女こそ御仏の化身に違いない。

 この戦乱の世を憂えた如来様が降臨してくださったに違いない。


 そう確信した隆佐だからこそ、本当は、御仏がこの戦国の世をいかに考えているのかという質問の答えになど興味はなかった。御仏は憂えていて、だからこそ『帰蝶』という形でこの世に降りたったに違いないのだから。


 故にこそ、帰蝶と共に墨俣まで向かう道中、真に話題としたかったのは仏僧の堕落。本来ならば人が救われる道を示すべき仏僧があのような醜態を晒していて許されるのかという遠回りな告発であった。


 仏僧に対する怒りを示して欲しい。

 声高に批判して欲しい。

 南蛮の宗教はもっとまともであると保証して欲しかった。


 そんな隆佐の期待は脆くも崩されることとなった。


 伴天連の実態。

 魔女狩りの名の下に数万もの民を処刑した悪逆。

 金集めのために極楽を騙る腐敗。


 仏僧も、伴天連も、堕落しきっていた。


 ならば――


 帰蝶の言葉を思い出す。



「だから、神様に救ってもらおうと考えるのは止めておきなさい。神様、そこまで暇じゃないから。そこまで優しくないから。――自力救済。まずは自分が幸せにならないとね」



 厳しい言葉だった。

 この戦乱の世において、他者を思いやる余裕などないのだと言外に主張していた。それはそうだろう。隆佐とて、自らの生活いのちを犠牲にしてまで見ず知らずの誰かを救うおうとまでは考えられないのだから。


 しかし。

 帰蝶は違った。

 薬の生産で得られるであろう利益を惜しむことなく注ぎ込んで戦傷者たちを養っていた。いくら御仏の化身であっても無から金を生み出すことなどできないはずなのに、それでもなお、赤の他人であるはずの彼らを救ってみせていた。


 仏僧は信じられぬ。

 伴天連も、もはや信じられぬ。


 ならば――


 自分は――




 ――帰蝶を信じよう。




 隆佐は静かに決意した。




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― 新着の感想 ―
[一言] ‥これが、後の狂信者隆佐の誕生の瞬間であった…()
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