閑話 さらば本願寺……
大坂本願寺には悩みがあった。
以前の洪水で淀川の流れが変わり、本願寺周辺の川が干上がってしまったのだ。
淀川は大坂湾から京都へと繋がる水運の要であり、大坂本願寺を守る水堀でもあった。しかし流れが変わった結果として水運は堺に奪われ、周辺の農村も水不足に悩んでいる。
本願寺には寺内町があり、戦国時代としてはかなり発展している。が、水運がなくなれば物資も堺に流れてしまうし、人も離れていくだろう。
徐々にではあるが、水運がなくなった影響は本願寺周辺からの人離れという形で出てきていた。
さらには水堀がなくなったことによる防御力の低下。幸いにして今すぐに攻め込んでくるような敵はいないだろうが、本願寺の防御が薄くなったと知れ渡ればその限りではない。
――隙を見せれば報復される。それだけ本願寺は恨まれているのだ。
水運。農業用水。そして水堀。
すべてを解決する手段は、一つしかなかった。
「信者を集めろ! 淀川の堤防を切り、新しい川を埋め、再びこちらに水を引くのだ!」
法主となった顕如の後見人・蓮淳が号令を発する。川の流れが変わったのなら、人を動員して再び流れを変えてしまえばいい。単純だが、大量の人員(信者)を動員できる本願寺ならではの力業であった。
蓮淳の命令に従い、僧侶たちが信者を集めるために奔走する中。
「――蓮淳様」
僧侶、というよりは忍びという役割を与えられた男が蓮淳の足元に傅いた。
「どうした?」
「堺を中心に、吉兆教なる新たな宗教が広まっているとのこと」
「吉兆教?」
「薬師如来の化身を名乗る女性が、万病を癒やしているとか」
「ふん、よくある手だな」
「しかし、堺を中心として泉州 (大坂南西部)に広まりを見せ、本願寺の信者の中にも鞍替えする不届き者が出てきたようで……」
「ふむ……」
しばし悩んだ蓮淳であるが、すぐに決断した。
「本拠地はどこだ?」
「堺近くの台地に寺を作るつもりのようで。資材が次々に運び込まれております」
「――ならば、燃やせ。邪魔をする者は殺せ。こういうのは、大きくなる前に潰しておくのが一番だ。ついでに堺も燃やしてしまえば、商人も大坂に戻ってこよう」
「はっ、では、そのように」
男は深々と頭を下げた後、その姿をかき消した。
もちろん、今の彼らは『帰蝶』という存在を知らない。




