閑話 明智の意地(ポッキリ)
光秀からの書状を受け取った明知城の面々は、憤慨した。
「――おのれ! この明智の地を開け渡せだと!?」
「ここは我らが代々守ってきた土地! ここは我らが一から築き上げた城! なぜ斎藤にやらねばならぬのだ!?」
「光秀め! 魂まで道三に売り渡しおったか!?」
「兄上! ここは光秀に直接問い糾さなければ!」
「いざとなれば戦も覚悟の上!」
「勝てる勝てないではありませぬ! 一人でも多く道連れにして、明智の意地、道三らに見せてやろうではないですか!」
明智一族の怒りは凄まじく、書状への返信すらせずに明智光安と光久が苗木城に向かうことになった。
◇
「な、なんじゃあれは……?」
「儂らは夢でも見ておるのか……?」
苗木城に近づいた頃。苗木城からの街道整備を目の当たりにした光安らは信じられぬとばかりに顔を見合わせた。
巨大なる岩。
その岩が人のような形を作り、地面を掘っている。手のひらの一掬いで固い地面を掘り起こし、3尺(約1m)ほどの深さがある溝を掘ってしまう岩人形。
その後方には千人を超えそうな人夫が協力し合い、岩人形が掘った溝に砂利を埋めたり石畳を敷いたりしている。
人の行き来どころか、大軍の移動にも耐えられそうな立派な道。そんな道を、(この時代としては)信じられぬ速度で作り上げていく。
「……なぁ、光久」
「な、なんで御座いましょう?」
「もしも儂らが領主として、あの規模の道を整備するとなれば……どれだけの銭が必要になると思う?」
「は、ははは、ご冗談を。我らでは無理です。あれだけの人夫を揃えるだけの銭と、あれだけの普請(工事)を差配できる人間。どちらであっても準備することなどできませぬ」
「……あのような道ができれば、行き来も楽になるだろうな」
「見通しも良いですから、強盗なども身を隠せないでしょう」
「まさか、苗木城を落としたばかりでこれほどの普請を行うとは……」
「……税の徴収でも、宴でもなく、まず真っ先に民のために……。あれこそが『領主』のあるべき姿なのかもしれませんな」
「…………」
返す言葉もない光安は、無言のまま苗木城を目指した。
◇
「これは無理だ」
「無理ですな」
大岩を軽々と持ち上げ、石垣を組んでいく岩人形を目の当たりにして、敵対の意志をすっかり折られてしまった光安たちであった。
一人でも多く道連れに、どころではない。
あの岩人形が石垣用の岩を投げてくるだけで、城に篭もった人間など全滅させられるだろう。
そんなものはもはや戦ではない。
無駄死にだ。
明智の意地など、知ったものか。
族滅しては何の意味もないではないか。
どうせ意地を見せて討ち死にしたところで、無人になった明知城は別の人間のものになるのだ。ならば一族が生き残る道を選んでも罰は当たるまい。
とりあえず、今回は光秀に対する戦勝の祝言を述べるに留めようと心に決めた光安たちであった。




