06.いってきます
堺まで行く話をすると、家宗さんたちは驚いていた。まさか本気でついてくるとは思っていなかったらしい。
『美濃守護代の娘が商人に同行するとかありえないですからね』
常識なんてぶっ壊せー。
私は転移魔法が使えるけど、転移魔法は(一度行ったところじゃなければ)目視できる場所にしか移動できない。
だから稲葉山城から目視できる山頂へ転移、そこからまた別の山頂へ。と、それを数回繰り返せば堺まで一時間もかからずにいけると思う。
ただ、堺がどこにあるかは知らないし、堺を案内してくれる家宗さんたちがまだ美濃にいるので一人で先行してもしょうがない。というわけで家宗さん、宗久さん、隆佐君と弥左衛門さんと一緒に堺へ向かうことになった。
養生院(治癒術院)や薬の製造はもう私がいなくても回していけるのでお任せして。津やさんと平助さんに食事の準備を改めてお願いしてから出発することになった。
「というわけで津やさん! 堺まで行ってくるのでよろしくお願いしますね!」
「……はぁ、あんたも忙しい人だねぇ」
なぜかため息をつかれてしまった。きっと気軽に旅ができる私を羨んでいるに違いない。
『そもそも『お姫様』なんですから気軽に旅ができるはずがないんですけどね』
プリちゃんのツッコミはスルーして津やさんとの会話を楽しむ。
「帰りは転移魔法で一瞬だからそんなに時間はかからないと思います。通信用の魔導具を置いておくので何かあったらご連絡ください」
前世の防犯ブザーみたいな形をした魔導具を渡すと津やさんは興味深げに覗き込んでいた。
「はぁ、こんな小さな道具で会話ができるのかい? 真法ってのは凄いんだねぇ」
津やさんたちにも『魔法』ではなく『真法』と教えていたりする。
「あ、そうだ、堺って貿易都市みたいですけどなにかお土産欲しいですか?」
「おみやげ?」
なぜか首をかしげる津やさんだった。あれもしかしてお土産って概念がない?
『お土産の起源には諸説ありますが、江戸時代の参勤交代で武士が買って帰ったものが始まりとされていますね。この時代ですと寺社仏閣を参詣したときの、神札などの授かりものを渡すのがせいぜいでしょうか?』
まだお土産文化がないのか。となると説明も大変だなぁ。
「う~ん、なにか珍しいものがあったら買ってきましょうか?」
「そんな恐れ多い――っと、遠慮しても無駄なんだよね?」
「ふっふっふ、私と津やさんの仲じゃないですか! 今さら遠慮は無用ですよ!」
「一体どんな仲なんだろうねぇ……。まぁいいか。それじゃ珍しいものがあったらお願いするよ」
「任されました。じゃあ行ってきます!」
元気いっぱいに片手を上げると津やさんは呆れたように一つ息を吐いた。
「はい、いってらっしゃい」
◇
美濃から尾張まで川舟で長良川を下り、その後は船で堺まで行くことになるらしい。
川舟といっても帆付きの立派なもので、風を利用して遡上(川上り)できるものだとか。
ただ、帆走で遡上できるのは墨俣までらしいので、まずは稲葉山城から墨俣まで陸路で移動することになった。
そう、墨俣。
墨俣一夜城である!
『この時代には影も形もありませんけれどね』
逆に考えようプリちゃん。ないなら建ててしまえばいいと!
『建てる意味は?』
夢と浪漫と知識の誇示です。
『……軍オタってめんどくせー』
言葉遣いが乱れておりますわよプリちゃん?
まぁ墨俣一夜城はあとで建てるとして。まずは墨俣への移動である。
私としては(前の世界で乗馬経験があったので)城の厩にいた馬を借りようとしたのだけれども……父様や光秀さんから断固反対されてしまった。年頃の女性が馬にまたがるのはありえないらしい。
じゃあ徒歩でいいか~と思ったら『お姫様』だからそれもダメらしい。城下町を普通に歩いているんだから今さらじゃん、とツッコミしている間に話は進み、いま私の目の前には駕籠と駕籠者(担ぎ手)二人が用意されていた。
まぁ駕籠と言っても時代劇に出てくるような立派なものじゃなく、竹のフレームを畳表で覆い隠したものだったけど。
なんだか移動するだけで二人も人を使うのは気が引けたのだけど、一度くらい駕籠に乗ってみたかったのでありがたく使わせてもらうことにした。