閑話 景虎と愉快な仲間たち・1
世話になった親子の埋葬を終えたあと。
長尾景虎(上杉謙信)は誰もいなくなった村を出て、とりあえず隣村に向かうことにした。おそらく道沿いに歩けばたどり着けるだろう。
聞いた話によると、この村から隣村に幾人か移住したという。知り合いもいるだろうから話をしておくべきだし、できれば墓の管理もして欲しいと考えたからだ。
そんな、気分の重い旅路の道中。
「――景虎様ぁーーーーっ!」
突然の絶叫に、景虎は思わず立ち止まり、振り返った。
陰鬱な噴気を一瞬で吹き飛ばした声の主は、よく共に戦場を駆け抜けた小島弥太郎。馬に乗っているのはまだ理解できるが、後ろに景虎の侍女・直江ふえを乗せているのはどういうことだろうか?
まさか、駆け落ちか?
しかし、らしくもない泣き顔をしているふえの様子から駆け落ちではなさそうだ。むしろ弥太郎が無理やり拐かしたと考える方が自然――いや、いくら弥太郎でもそこまではしないか。敵には厳しいが女には優しい。それが小島弥太郎という男なのだ。
……はたして、泣き顔の女を乗せたまま馬を駆けさせる男を『女には優しい』と評価していいのか迷うところではあるが、まぁ弥太郎基準・戦国時代基準では優しいのだ。うん。
「景虎様! お会いしとう御座いましたぁ!」
馬から飛び降り景虎の前で跪く弥太郎。もちろん乗り捨てた馬はそのままであり、泣き顔の直江ふえが乗ったまま。
これが普通の女であれば落馬しての最悪の事態も想定されるのだが……泣きっ面ながらも手綱を握り、馬を御してみせた。さすがは直江ふえ。略してさすふえ。
「……弥太郎。どうしてここに?」
「はっ! 景虎様がお一人で出奔されたと聞き及び、矢も楯もたまらずに駆けつけました次第!」
矢も楯もたまらずというが、旅装でもない弥太郎とふえの様子からして、本当に(考えなしに)飛び出してきたのだろう。その忠誠心を喜ぶべきか、呆れるべきか……。
とりあえず、よろめきながら馬から下りたふえに近づく景虎である。
「ふえ、大丈夫?」
「うぅ……、止まってと言っても止まらないし、ろくに休みも取らないし……あの筋肉達磨……いつか殺す……でも隙が、隙がない……」
聞かなかったことにするべきか、家臣同士の争いを止めるべきか。
「……とりあえず、一休みしながら話をしましょうか」
昨日泊まった家――は、血まみれだったので、近くの家にお邪魔することにした景虎である。どうせもう住人もいないのだから好きに使わせてもらおう。
◇
「越後は今どんな感じ?」
「はい! 晴景様 (景虎兄)によって順調に治められておりまする!」
元気いっぱいに答えた弥太郎はあえて無視して直江ふえに視線を向ける景虎。
「……今はまだ穏やかですが、国人領主は調子に乗ってきてますね。やはり景虎様という武力がいなければ、どうにも……」
戸惑う様子もなく答えるふえであった。本当にただの侍女であればそんな情報を得ることも難しいはずなのに。
「兄上も大変ねぇ」
他人事のようにつぶやく景虎であった。実際、体よく追い出されたと考えている彼女からすればもはや越後情勢など他人事である。
というよりも、越後よりもっと気になることができたというのが正解か。
「ところで、どうやって妾のいる場所が分かったの?」
「ふえに教えられました」
「景虎様につけた軒猿(忍者)から常に情報は得ていますので」
さらっと口走る直江ふえであった。もはや自分が直江景綱から派遣された忍びであると隠すつもりはないらしい。景虎が越後にいた頃は『気づいているがあえて言葉にはしない』という微妙な関係だったのだが。
「ほぉ! 軒猿を手懐けるとは! さすがはふえであるな!」
驚き感心する弥太郎であった。いまだにふえが忍びであると気づかないらしい。




