02.畜産
「帰蝶が話してくれた『栄養状況の改善』とは重要だろう。食から健康になれば民の寿命も延びるだろうし、兵も今より頑強になるだろうからな」
何事もなかったかのように威厳たっぷりな声を出す父様だった。もちろん私は優しいので先ほどの痴態は見なかったふりをしてあげるのだ。
『優しい人間はもっと早く注意してあげると思いますが』
プリちゃんのツッコミは理解できなかった。きっと戦国時代語を使っているに違いない。
「帰蝶、肉の処理方法とやらを城の料理人に教えてやってくれ。最近はイノシシや鹿に作物を食われることが増えていると聞くからな。害獣を退治しつつ食糧確保もできるなら一石二鳥だろう」
害獣が減れば農作物の収量も増えるし、いいことずくめだから反対するつもりはない。それについては了承してから、私は一つ提案してみることにした。
「父様。害獣はいずれ食い尽くしてしまいます。ここは今から畜産を考えてみてはいかがでしょう?」
「ちくさん?」
「牛や鶏などを人の手で育て、食べるのです」
「子供の頃から育てるのか? ずいぶんと気長なものよな」
「牛は牛乳が採れますし、鶏は卵が手に入りますからね。むしろ廃畜を食べる感じがいいでしょうかね」
「ぎゅうにゅうはよく分からんが……卵? 卵まで食べるのか?」
なぜだかドン引きされている気がする。さすがに生卵の一気飲みとかはしませんよ?
『かつての日本では卵すらも殺生とされてきたようですし、平安時代には卵を食べると祟りが起きると言われていたみたいですから。卵を食べるなど信じられないのでしょうね』
めんどくせーなー戦国時代。
おっと本音が漏れてしまった。
「帰蝶。おぬしの生国ではどうだったか知らぬが、この国では牛や鶏を食わせるのは難しいだろう」
「それはやはり仏教の影響ですか?」
「うむ、それもあるが……」
「そんなこと言ったらそもそもお釈迦様は肉食禁止なんかしていませんけど? 肉食禁止なんて言い出したの大乗仏教でしょう? お釈迦様が死んでから何百年後に生まれた新興宗教だって話ですよ。三種の浄肉とかご存じでない? 初期の仏教では托鉢でもらった食事はすべて食べなければいけなかったわけですし、そうなるとお釈迦様だって当然信者からいただいたお肉も食べていたはずで――」
「き、帰蝶。一旦落ち着くのだ」
おっとしまった。あまりに非合理的なんでつい熱くなってしまった。まったくこれだから宗教って嫌いなのよねぇ。三ちゃんの『殺生はいけませんと言うがな、戦場で多くの命を奪うわしらがそんな綺麗事をほざいても意味はないだろう』という理屈が分かり易いだけに。
……あ~、なるほど。だから私は三ちゃんのことを気に入ったのか。
『主様って本当に宗教嫌いですよね』
ま~ね~。昔から宗教と相性悪いし。
『嫌いなのにあれだけ知識を習得するとか何なんですか? ツンデレ? ツンデレですか?』
斬新なツンデレ過ぎるわ。
私がツッコミしていると父様が仏教以外の理由を教えてくれた。
「牛は農耕に使うからな、『畜産』とやらで増やせるなら食わせるより農耕に使わせた方がいいだろう」
あーこの時代ってトラクターとかないものね。重労働は牛にやらせた方がいいのか。
「鶏は時を告げるうえに、神聖な鳥と言われている。食べさせるのは難しいだろう」
鶏のどこが神聖やねん。
『赤い鶏冠は太陽を連想させることから太陽信仰と結びついているという説がありますね。ついでに言えば純白の羽毛も神々しさに拍車を掛けているとか』
また信仰か。おのれ神。もう一度ぶん殴ってやろうかしら。
『今回に関しては冤罪なので止めてあげてくださいね』
しかし信仰かぁ。そう簡単には意識は変わらないよねぇ。牛に関しては農耕に使うために畜産して、年老いたものを食べる感じにしようかな。そうすれば『畜産に使うから~』っていう忌避感は薄れるでしょう。
鶏は……保留。あんなコケコケ鳴いているやつらが神聖だなんていまいち信じられないし。
あとで生駒家宗さんに牛と馬を買えないか相談してみよう。馬は騎馬鉄砲隊とか作ってみたいしね。
『騎馬鉄砲隊なんて作ってどうするんですか?』
むしろ作らなくてどうするんですか? 私、軍オタですよ?
帰蝶さんの場合は生臭坊主を言いくるめるために原始仏教を学んだだけなので、後付け設定(阿伽陀とか)にはあまり詳しくありません。