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25.とある一日


 それなりに城下町へ遊びに――じゃなかった、視察に訪れているので顔見知りも多くなってきた。


「おや、帰蝶様……ではなくて、胡蝶ちゃん。この前はお薬ありがとうね」


「いえいえお元気になったようで何よりです」


「帰蝶様……いえ、胡蝶さん。おかげさまで父様も元気になりました」


「何よりです。難しいかもしれないですけどなるべく野菜を食べるようにしてくださいね。お酒も飲み過ぎないように」


「帰蝶様……おっと、胡蝶ちゃん。また腰を痛めたので『まっさーじ』してくれないかい?」


「……あなたの腰は健常です。思い切り蹴飛ばしても平気でしょう」


 一度マッサージというか整体をしたら『おぉ、美少女に身体を弄ばれるのもこれはこれで!』と癖になってしまったようだ。

 ちなみにこの助平中年は茶屋の女将・津やさんの夫である平助さんだ。そろそろ平助と呼び捨てにしてしまってもいいんじゃないかと思っている。


 しかし、気軽に声を掛けてきてくれるのは嬉しいけどなぜみんな最初に『帰蝶』と呼びそうになるのだろう? 私はどこからどう見ても一般庶民☆胡蝶ちゃん♪だというのに。


『……どこからどう見ても美濃守護代の娘、帰蝶ですが? 銀髪赤目、外人顔で市井に溶け込もうとする方が無理な話では?』


 無粋なツッコミをされてしまった。庶民のふりをする遠山な金さんとか暴れん坊な将軍様とか浪漫の塊なのに。


 とりあえずセクハラ助平男に蹴りを食らわしてから私はいつもの茶屋に入った。


「おや胡蝶ちゃん。今日も元気そうで何よりだよ」


 ちゃんと『胡蝶ちゃん』と呼んでくれる津やさん、そういうところが大好きだ。


「津やさんもお元気そうで何よりです。といいますか、最近忙しいはずなのに疲れた様子がありませんね?」


 まぁ忙しくさせてしまっている私が言うのも何だけど。


 今。城下で治癒術を教えるために用意してもらった屋敷は薬の生産工場的なものになっている。働いている人間は現在二十一人。我ながらよく養っていけているなぁとは思うけれど、さすがにこの人数の食事は準備できないので津やさんにお願いしている形だ。


 戦国時代の食事は一日二食。でも、現代人(?)としてそれは許容できないので朝昼晩と規則正しく食べさせている。もちろん津やさんにも朝昼晩と食事を準備してもらっている(しかも茶屋を営みながら)のでかなり忙しいはず。なのに元気いっぱいな津やさんは素直に凄いと思う。


「ま、料理は夫(平助)の仕事だからね。あたしはちょっと手伝っているくらいだから大して忙しさは変わらないよ」


 平助さん、朝昼晩と合計六十三食準備しているのか。そう考えるとちょっとしたセクハラも許容――できないね。そもそも色を付けて報酬を支払っているのだから。


「津やさんも大変ですね」


 誰が、とか、何が、とは言わない。でも津やさんには伝わったみたいだ。


「アレが助平なのは今に始まったことじゃないさ」


「昔からなんですか……。よくもまぁ今まで結婚生活が続いていますね」


「ははは、あたしが見捨てたら誰があの人の面倒を見るんだい?」


「あ~、そういう系ですか」


 結婚情勢は複雑怪奇。

 ただ単に照れ隠ししているだけ、と信じておこう。


 他にお客さんもいないのでちょっとした雑談タイムに突入だ。


「治癒術の……養生院だったかい? 最近じゃ繁盛しているみたいじゃないか」


「えぇ、やはりお試し一文というのが効いたみたいで」


「……胡蝶ちゃんがそこら中で誰彼構わず治療しているせいだと思うけどね」


 いいことをしているはずなのになぜか呆れられてしまった。解せぬ。


 まぁとにかく、治癒術中心の養生院は順調だ。最近では父様に事務員や会計の人を派遣してもらうほど。

 町中で捕まえて――じゃなかった、スカウトした治癒術適正持ちの人も治療ができるほど上達したし、それによって診られる患者の数も増加。診察代も集まり、現在順調に私の貯金は増えつつある。ほっこり。


「悪い顔をしているねぇ」


「こんな美少女を捕まえてよく言いますね」


 少し問題があるとすれば一番才能があった私の元女中、千代さんがそろそろ独り立ちできそうなほどの腕前になってしまったことだ。最低でも一年二年かかると思っていたので想定外。


 治癒術というのは万能と勘違いされがちだけど、たとえばストレス性の頭痛がしている人の頭に治癒術を掛けても(一時的には痛みが引いても)すぐに再発してしまう。ちゃんとストレスの原因を取り除かないと意味がないってこと。


 とまぁ、きちんとした病気の知識がないと治癒術の効果も薄まってしまうので、治癒術の弟子にはかなり多くの病気に関する知識、対処法を勉強させているのだけど……すべて覚えてしまったのだ。千代さんは。この短期間の間に。


 個人的にはこのまま養生院で働いて欲しいけれど、師匠としてはもっと広い世界も知って欲しいとも思う。とりあえず、今度進路について面接しなきゃいけないだろう。


 そんなことを考えていると食事が出てきた。いわゆる一汁一菜。栄養バランス的にありえないのだけど、元々の食料が少ないのだからしょうがない。せめて動物性タンパク質をもっと取れれば――


「――あ、そうだ。この国の人ってお肉は食べないのですか?」


 プリちゃんから教えてもらったので知識としては有している。でも、実際に暮らしている人の意見も聞きたいのだ。


「そうだねぇ。食べる人は食べる、って感じかね。稲葉山付近は食料が豊富だからそうでもないが、農村なんかに行くと山で取れる肉を食べているって話さね」


 これでも豊富な方なのか。凄いな戦国時代、悪い意味で。


「う~ん、じゃあ山で肉を取ってきたら食べますかね? 引き取った戦傷者たちの栄養バランスを少しでも改善しないと……」


「えいようばらんす、ってのはよく分からないが、働き口がなくて飢えていた経験のある連中だ、腹が満たされるなら肉だって食べるだろうさ」


「なるほど、とりあえず試してみますかね」


 大丈夫なようなら畜産も考えてみようかな。やり方? プリちゃんに聞けば何とかなるんじゃないのかな?


 あとは調理か。さすがに『お姫様』が手料理を作るのは光秀さんたちに反対されそうだ。


「平助さんは解体とか肉料理とかできますか?」


「野鳥とかならあるみたいだけど、イノシシや鹿なんかはないんじゃないのかね」


 そうらしいので、とりあえず近いうちに山へと入り、狩猟と解体をすることにした。お肉状態にしておけばあとは平助さんが何とかするでしょう。アイテムボックスに入れておけば腐ることもない。

 毛皮は防寒具に。骨は骨灰にして灰吹法の材料にしてもいいし、白磁器――『ボーンチャイナ』の原材料にしてもいいものね。




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